ショッピングモール//報酬
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──ショッピングモール//報酬
「ご苦労様でした、ファティマさん」
拠点にあるシシーリアの執務室でシシーリアがそう告げる。
「報酬については申し訳ないですが、こちらも懐に余裕がありませんので……」
「構いません。しかし、私がことを起こすときにはご協力を」
「もちろんです」
ファティマはシシーリアからフォー・ホースメンやソドムと比較すると明らかに少ないものの報酬をしっかりと受け取った。
「しかし、合議制派閥とやらはまた騒ぎそうですね。大丈夫なのですか?」
「こちらも手は打ってあります。彼らに本当に私の指導体制を覆す気があるなら、もっと直接的な行動に出ればいい。そして、それを防いでおけば当面はのらりくらりと批判を躱していられる」
「直接的というとクーデターでしょうが、どのような手段で阻止を?」
シシーリアが説明するのにファティマが尋ねる。
「彼らに私兵を持たせないことです。確かにグリゴリ戦線は政治的指導者が軍事的指揮官でもあります。それ故に兵力を握るのは簡単なように思えるでしょう。ですが、そう簡単にはいきません」
シシーリアがどのようにしてクーデターの企てを阻止しているかを語り始めた。
「彼らの配下の兵士は常に人事を入れ替えています。一定の決まった部下を持たせません。そうすることで私兵の発生を阻止します。兵隊がいなければクーデターは起こせない。まずはそれが大事です」
「確かに私兵の存在は厄介になりますね。あなた自身は私兵で武装しているとしても」
「ええ。それから彼らの指揮下に入る兵士の中にインナーサークルのメンバーを混ぜてあります。それによってもし彼らがことを起こそうとしても把握できるというわけです」
「なるほど」
シシーリアはかなり念入りに反乱の芽を潰しているようだ。
「とは言え、不穏分子が存在することは歓迎すべきではありません。私に反対する派閥が増長しないように今度は大きな勝利が必要です」
「その時はもちろんお手伝いしますよ」
「ええ。頼りにしています、ファティマさん、そしてサマエルさん」
シシーリアはファティマにそう言って微笑んだ。
「今、送迎のための車を手配しました。それで帰宅してください」
「では、失礼します」
ファティマは最後にそう言ってグリゴリ戦線の拠点を去った。
「あんたがシシーリア様の?」
「ええ。お願いしますね」
送迎の車を準備していたのはインナーサークルの兵士だった。若い兵士だ。
「乗ってくれ。フォー・ホースメン支配地域まででいいのか?」
「それで結構です」
ファティマとサマエルはタイパン四輪駆動車に乗り込み、インナーサークルの兵士たちが運転するそれでフォー・ホースメン支配地域に向かう。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
ファティマたちはフォー・ホースメン支配地域に戻るとそこからタクシーで自宅となっている兵舎を目指す。
「お腹減りましたね。何か食べに行きますか」
「うん。そうしよう」
帰宅しても自宅には何もない。いつ家に帰るか分からないのに食材を買っておくわけにもいかないし、このゲヘナでは食料の価値は高い。
テリオン粒子で汚染された地上でまともな農耕ができるはずもなく、出回っている食料はメティス・バイオテクノロジーという会社が作っている合成食品だ。
「今日は何にしましょうか?」
「ボクはお姉さんが好きなものでいいよ」
「そう言われると困りますね」
ファティマはそう言いながらもフォー・ホースメン支配地域の繁華街に並ぶ店のひとつに入った。雑多なメニューが並ぶ食堂だ。
「いらっしゃい!」
店主はアジア人で日本語鈍りのある英語で喋っていた。
「おすすめってありますか?」
「うちはナポリタンが美味しいよ」
「では、それで」
日本人らしいメニューだとファティマは思う。ファティマはナポリタンなど食べたことはないが旧世界の料理についても学校で学んでいる。
旧世界の古典文学についても学んだ。エデン社会主義党の中には旧世界の権力者だった人間も多くいるからである。彼らは旧世界のことを知っており、その知識を会話に使うこともあるからだ。
「おまちどうさま!」
鉄板で熱々になったナポリタンが運ばれてきた。ケチャップの香りが香ばしいが、これも合成食品である。
「今回はいろいろと大変でしたね。お疲れさまでした」
「うん。お疲れ様」
ファティマとサマエルがお互いを労う。
「グリゴリ戦線絡みの仕事はハードになりそうです。ですが、彼らからの信頼は必要ですね。彼らほど私たちの利害と一致する集団はいません。フォー・ホースメンやソドムは今の地位に満足していますから」
「お姉さんがしたいことをボクは支えるよ。お姉さんと一緒にいたいから」
「ありがとうございます。なんだかこうしていると家族みたいですね」
そこでふとファティマがそう言った。
「家族、みたい?」
「いえ。私に家族はいなかったので分かりませんが、家族というものが仮にいたらサマエルちゃんみたいだったんだろうなと思って。気を悪くしたらすみません」
「う、ううん! そんなことないよ! 嬉しい!」
ファティマが謝罪するのにサマエルが必死にそう訴える。
「そうですか? まあ、私たちは運命共同体です。どちらが欠けてもこの危険なゲヘナでは生きていけない。一緒に頑張りましょう!」
「頑張ろうね」
ファティマとサマエルはナポリタンとサイドメニューを食べて帰宅した。
フォー・ホースメンとの仕事でくたくただったファティマはシャワーを浴びるとすぐに寝てしまい、サマエルは前に寝ていたのでシャワーを浴びた後もリビングになっている場所で起きていた。
「家族みたい、か。ふふ。家族……」
サマエルはファティマの言っていたことを思い出して微笑むもすぐ何かに気づいたのか体をこわばらせ周囲を見渡した。
「どうして怖がるの? 私は家族みたいじゃないから?」
「あ……!」
また少女がいた。サマエルと瓜二つの少女が部屋の隅からサマエルを見ている。
「ずっと仲良しだったのに。あれだけ仲良しだったのに。私のことを殺した」
「ち、違うよ。ボクは殺したんじゃ……」
「じゃあどうして私は死んだの? みんなは死んだの?」
「それは……」
少女が問い詰めるのにサマエルが言葉を詰まらせた。
「あなたはずっと逃げてる。逃げる先なんてないのに。今度はその人を殺して、また逃げるの? 今度はどこに逃げるの?」
「お姉さんは……殺さない……」
「嘘つき」
サマエルは少女の言葉に完全に蹲り、少女を見まいとしている。
「君は死んだんだよ! だから消えてよ!」
「そう、私は死んだ。あなたが殺した。私はあなたの罪の象徴だよ。あなたは罪を犯し、そしてその責任を逃れている。許されることもなく」
少女がサマエルが叫ぶのにそう言う。
「サマエルちゃん? どうしました?」
そこでサマエルの叫びでファティマが起きて来た。
「な、何でもないよ、お姉さん……」
「それならいいのですが」
ファティマは心配そうにサマエルを見て首を傾げた。
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