ショッピングモール//アンブッシュ
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──ショッピングモール//アンブッシュ
アシェラト歩兵戦闘車を先頭にしたグリゴリ戦線の車列は別の拠点を目指して進んでいた。
「ここはまだ私たちグリゴリ戦線の支配地域です。そして、クレイモア空中突撃旅団はベトナム戦争のアメリカ軍同様に索敵撃滅作戦を行っており、土地の占領は行いません」
タイパン四輪駆動車の車内でシシーリアがそうファティマに説明する。
今走っている道路はグリゴリ戦線の支配地域を走るものであり、これまでの仕事のように敵地を走っているわけではない。
「ですが、今回のクレイモア空中突撃旅団の動きは今までとは違いました。こちらを素人の寄せ集めと甘く見て、簡単に陽動にかからず、逆にこちらを罠に嵌めました。そう考えると……」
「まだ攻撃を受ける可能性はある、ですね」
「ええ。備えなければいけません」
ファティマの指摘にシシーリアが頷く。
「何はともあれ最初の目的は無事に通信装備がある拠点まで撤退し、こちらの部隊に支配地域内の索敵とパトロールを行わせなくては」
シシーリアが焦った様子でそう語る。
それから車列は走り続け、着実に予備の拠点に向かっていた。
しかし、恐れていたことが起きてしまった。
車列の先頭を走っていたアシェラト歩兵戦闘車が突如として爆発し、横転した。炎上する車両から乗員が這い出そうとするが追い打ちのように叩き込まれた機関銃の射撃で薙ぎ倒される。
「待ち伏せです! 総員降車! 応戦してください!」
すぐにシシーリアが命令を下し、最初に動いたのはインナーサークルだ。彼らはテクニカルをシシーリアの乗っているタイパン四輪駆動車まで進め敵の射撃から盾になれる位置につくと待ち伏せを行った相手を攻撃。
先ほどまでは平和だった通りが銃声と爆発音に包まれる。
「シシーリア様を守れ! 何としても!」
「戦え!」
グリゴリ戦線の士気は撤退中にもかかわらず高いものの、今の状況は完全な待ち伏せを受けている。
有利な地形には全て敵が陣取っており、あらゆる角度から銃弾と爆薬を叩き込んできて、グリゴリ戦線の兵士たちが吹き飛ばされてしまう。
「クラウンシールド!」
ファティマはシシーリアと自分、そしてサマエルの身を守るためにクラウンシールドとエネルギーシールドを展開し、タイパン四輪駆動車を防衛する。叩き込まれた銃弾と爆薬は全て防がれた。
『こちらペントハウス・ゼロ・ワンよりクイーン! そちらが攻撃を受けているのを確認しました! ドローンによる支援が可能です、どうぞ!』
「クイーンよりペントハウス・ゼロ・ワン! お願いします!」
『了解!』
そこで中型のクアッドドローンにGPMG-99汎用機関銃を取り付けたドローンが複数飛来。地上で待ち伏せている敵を熱赤外線センサーであぶり出し、攻撃を開始した。
機関銃による攻撃の他に手榴弾などを投下し、21世紀の戦争で使われてから大して進化していないドローンが敵を撃破する。
「今です! 押し返してください!」
「突撃!」
ドローンによる攪乱とともに待ち伏せを受けているグリゴリ戦線が反撃に転じる。
そこで不意に攻撃側からの銃声が途絶え、静まり返った。
「敵が消えたぞ!」
「逃げられた!」
敵はどうやら投影型熱光学迷彩を使用して退却したようでグリゴリ戦線が周辺を制圧したが敵は見つけられなかった。
「何とか凌げましたね」
ファティマがサマエルとシシーリアが無事なのを見て安堵の息を吐く。
「ええ。そのようです。一応は、ですが」
そのシシーリアの言葉からこの待ち伏せで犠牲になった兵士たちが確認される。死体は集められたが、軍用トラックの荷台がいっぱいになるほどであった。
「では、出ましょう」
ファティマから見てもシシーリアは明白に落ち込んでいたが、拠点が近づくにつれてその弱さは消えて行き、また指導者としての顔を見せ始めた。
「シシーリア様! ご無事で何よりです!」
「ありがとうございます。ドローンによる支援は助かりました」
この拠点から出動したドローンがシシーリアたちを支援したのだ。
「あなた方のおかげで大勢が救われました。勝利を得たのです」
「ありがたいお言葉です、シシーリア様」
ドローンを操作していたグリゴリ戦線の構成員はシシーリアに心酔していた。
だが、全員がそうだというわけではない。
「シシーリアさん。話がある。今回の“敗北”についてだ」
数名の男女が渋い表情を浮かべてシシーリアに近寄ってきた。
そこでインナーサークルのメンバーがすぐさま動いてその行く手を遮ろうとする。手に握っているCR-47自動小銃の安全装置は解除されている。
「ええ。聞きましょう。今回の“勝利”について」
そんな忠誠心あるインナーサークルに守られているシシーリアが余裕のある笑みを浮かべてそう返した。
「勝利だと? これは酷い敗北だぞ、シシーリアさん。先ほど死体袋を見たがあまりにも多くの同志たちが死んでしまった。この責任は誰かが取らなければならない」
どうやらこの男女がシシーリアの言うシシーリアによる個人指導体制を気に入らない派閥なのだろうとファティマは推測した。
「戦いで誰かが犠牲になるたびに責任を取る必要があれば誰も戦おうとしないでしょう。それは後ろ向きな闘争となり、結果としては敗北に繋がる道です。あなた方は敗北を望んでおられるのですか?」
「我々は犠牲そのものを否定してはいない。犠牲が多過ぎることを否定しているのだ! 話をすり替えようとするのはやめてもらおう!」
「犠牲が多過ぎる? 何人からがそうなのですか? 教えていただけるでしょうか?」
「そんなものは常識で……」
「では、常識で申し上げましょう。犠牲が多過ぎるなどということは何千万人死のうとありえません。我々の戦っている戦いはそれだけの犠牲を払うに値する戦いであり、犠牲が多過ぎるというのは理想に対する怯えが見えます」
シシーリアを非難しようとしたものたちにシシーリアがそうぴしゃりと言い放った。
「もし、犠牲が多過ぎればあなた方は勝利を諦め、そしてゲヘナ軍政府の靴を舐めるのですか? それならば我々はあなた方を裏切者として処刑しなければなりません」
「構え!」
そして、シシーリアのその言葉の直後にインナーサークルの兵士たちがCR-47自動小銃の銃口をシシーリアを批判していた男女に向ける。
「ち、違う。我々は勝利を諦めてなどいない。何があろうとも!」
「それであれば結構。今回の勝利についての話は終わりましたね」
狼狽える男女にシシーリアはそう言って微笑み、ファティマとインナーサークルを連れて立ち去った。
「流石は指導者ですね。弁論も必須技術ですか」
「ええ。残念なことに屁理屈をこねるのも仕事のひとつです」
ファティマが言うのにシシーリアは力なく肩をすくめる。
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