ショッピングモール//奇襲
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──ショッピングモール//奇襲
「グリゴリ戦線は私の父が指導者になる前から存在している歴史ある組織です。そして、常に個人によって指導されてきました。戦争において多くの指導者がいることは好ましくないことはお判りでしょう」
「ええ。常に戦争はひとりの指揮官の決断によって動かされる。複数の指揮官が存在することは指揮系統を複雑化させ、敗北を招くことに繋がります」
指揮官に参謀などのアドバイザーはいても決断するのは常にひとりの判断によるものだ。参謀が何を言おうと指揮官が決断すればそのように軍は動く。
複数の指揮官が多数決で指揮を執るようでは指揮系統の混乱はもちろんとして、さらに純粋な軍事的判断以外の政治的な要素が絡んできてしまう。多数決は政治なのだ。
「ですが、そのことに不満を持っている勢力がいるのです。我々は民主的にこのグリゴリ戦線を指導しなければいけないという勢力です。個人による指導ではなく、合議制の指導部を設置しようと訴えている勢力です」
「なるほど。それがあなたの政敵というわけですね」
「政敵というよりも内患とでもいうべきですね。私は彼らが正しいとは全く思っていませんし、彼らは民主的な指導を訴えながらも、それを非民主的な手段で強制しようとしています」
「武力行使、ですか?」
「その通りです。私を狙った彼らによるテロは何度か起きています。そこでインナーサークルが私の傍についているのです」
インナーサークルという精鋭が政治将校染みた役割を果たしているのは、そういう理由なのだろう。内部に不満分子がいて、それらはテロなどによって現在の指導部を転覆させようとしているからだ。
「インナーサークルは私の護衛以外に秩序の維持を行っています。恐らく合議制を訴える勢力にはエデン統合軍関係の工作員が関与しているでしょうから」
「組織の分裂を狙っているわけですね。確かに武力行使だけで対反乱作戦をやっていると言われるよりも納得できます」
民衆という環境が自分たちに反発している反乱を鎮圧する対反乱作戦において武力だけでそれを解決しようというのは途方もない労力が必要になる。ジャングルを全て焼き尽くすような行為なのだから。
だから、心理戦などを組み込んで反乱側を弱体化させ、分裂させ、無力化するのを試みることは定番ともいえる方法であった。軍隊という組織は戦争において心理戦を常に使ってきたのだ。
「インナーサークルは私に絶対の忠誠を誓っています。私個人に。そしてフォー・ホースメンのバーゲスト・アサルトなどから高度な訓練も受けています。それでも私を指導者から降ろそうという動きはなくなりません」
「盛大な勝利があれば、それは解決しそうに思えます」
ファティマには段々と分かって来た。
シシーリアはグリゴリ戦線を纏めたいと思っている。そして、そのためには他の構成員を納得させる必要がある。
シシーリアを指導者として認めさせるには彼女が勝利を示すのが一番早い。つまり勝利すればいいのだ。ゲヘナ軍政府や民間軍事会社を相手にして。
「その通りです。勝利は士気のためにも必要です。戦局を左右しないだろう戦術的な勝利でも宣伝によっては戦局を左右するほどの心理的影響を及ぼします」
「では、私はそれに携わればいいのですね?」
「ええ。ともに勝利を得ましょう、ファティマさん」
ファティマの問いにシシーリアは笑顔でそう答えた。
「異論はありません。今のところ私がグリゴリ戦線に持っている伝手はあなたに関係する人々のものだけです。合議制派閥からの接触は受けていませんので。なので、私としてもあなたの指導体制が存続することを望みます」
「そして、私たちはあなたとともにゲヘナ軍政府を、エデン社会主義党を打倒しましょう。力をお貸ししますよ」
「ありがとうございます。以上ですか?」
シシーリアの言葉に感謝を告げてファティマがそう尋ねる。
「ええ。こんなところです。お付き合いいただきありがとうございました」
「では。お茶、おいしいかったです」
ファティマはシシーリアに礼を述べると部屋に戻る。
サマエルを起こさないようにゆっくりと扉を開いた。しかし、扉はあまり整備されておらず、金属がこすれる音が響く。
「……お姉さん……?」
「ええ。ちょっと出かけていました。起こしてしまってすみません」
ファティマはサマエルにそう言うとベッドに腰かけた。
「眠れましたか?」
「うん。もうあんまり眠くないかも」
「疲れがとれたなら何よりです。明日は忙しいかもしれませんからね」
サマエルの言葉にサマエルがそう言った時だ。
警報が鳴り響いた。
「おっと。どうやら明日どころか今日から忙しそうですね。サマエルちゃん、通信傍受をお願いします!」
「分かったよ、お姉さん!」
すぐさまファティマたちが行動を開始。
『ムサシより全部隊へ。降下開始、降下開始。交戦規定は射撃自由、生存者ゼロだ。ゴミ掃除と行くぞ』
『了解です、准将閣下』
傍受された通信と同時にパワード・リフト輸送機の反重力エンジンの響かせる音が外から聞こえて来た。間違いなく攻撃を受けている。
「シシーリアさんからメッセージが来ました。彼女たちと合流しましょう!」
「うん!」
ファティマたちはシシーリアのメッセージに従ってグリゴリ戦線の拠点内を進む。
そこで爆発音が連続して響き、戦闘が起きていることが分かって来た。
「報復は予想していると言っていましたが奇襲のようですね」
奇襲でなければシシーリアもいるこの拠点が空中機動部隊に襲撃されることもなかったはずだ。この報復攻撃はグリゴリ戦線が完全に想定していなかった攻撃であることは間違いない。
「シシーリアさん!」
「ファティマさん。よく来てくれました。分かっていると思いますが、我々は今攻撃を受けています。それもクレイモア空中突撃旅団の攻撃です」
ファティマが拠点内に設置された司令部に駆け込むとシシーリアが先ほどとは違う深刻そうな顔をしてそう告げた。
「まさか。クレイモア空中突撃旅団は動けないはずでは?」
「そのはずでした。ですが、敵はこちらより上だったようです。陽動に引っかかったというように振る舞っただけです。陽動に騙されたのは私たちの方でした」
クレイモア空中突撃旅団はグリゴリ戦線の陽動でロメオ・ツー前線基地に向かったと見せかけて、グリゴリ戦線を油断させて、この奇襲に及んだのだ。
「では、どうします?」
「ここから脱出します。別の拠点へと可能な限り人員と装備を移動させます。ここでまともに戦えば大損害となりますので」
「了解。援護します」
「お願いします。では、私たちとともに来てください」
シシーリアのいう私たちはインナーサークルの構成員たちだ。山岳帽に王冠のエンブレムの彼らがシシーリアを厳重に守っている。
「イズラエルさんは?」
「既に撤退の指揮を執っています。これから合流を」
ファティマが尋ねるのにシシーリアがそう答えて廊下を進む。
シシーリアたちは地下駐車場に向かい、そこで撤退戦の指揮を執っているイズラエルの下へと合流した。
「シシーリア! 無事でしたね。よかった。撤退の準備は進行中です」
「ありがとうございます、イズラエル。しかし、敵部隊は?」
「敵は屋上に降下しました。アーマードスーツを含むクレイモア空中突撃旅団の重武装空挺部隊です。こちらの部隊が遅滞戦闘を実施していますが、どこまで耐えられるかは」
「そうですか」
イズラエルの率直な報告にシシーリアが少し考えた。
「ここにいる全員を武装させてください。負傷者や子供、老人を問いません。少しでも戦える部隊を逃す必要があります」
「了解。そうするべきでしょう」
シシーリアは戦闘力にならない人間を肉の盾にするつもりだ。
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