ショッピングモール//休息
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──ショッピングモール//休息
ファティマたちはグリゴリ戦線の拠点である商業施設跡で話し合いを始めた。
議題はゲヘナ軍政府の精鋭部隊クレイモア空中突撃旅団に行った妨害に対するゲヘナ軍政府の報復にどう備えるか、である。
「ゲヘナ軍政府からの報復は間違いなくあるでしょう。しかし、すぐではないはずです。ジェリコの部隊は今のところ治安回復に専念しており、ゲヘナ軍政府の首切り役人であるクレイモア空中突撃旅団の動きは封じました」
シシーリアがそう状況を説明する。
「しかし、警戒はされているようですね。私に帰っていいと仰らないところを見るに戦力が今も必要だと考えている。そうですよね?」
「その通りです。即座の報復の可能性はあります。それがクレイモア空中突撃旅団でないとしても」
ファティマの指摘にシシーリアが頷く。
「ゲヘナ軍政府は基本的に報復を即座に実行します。そうすることを強いられているからと言えるでしょう。エデン社会主義党内の権力闘争の道具としてゲヘナでの戦争は扱われている節があります」
「なるほど。すぐに成果を示さなければ政敵に付け入られると」
「そうです。小規模な爆撃だけかもしれませんし、空中機動部隊か特殊作戦部隊による我々の幹部の暗殺ということもありえます。明日、明後日までは攻撃に備えた配置転換や警戒態勢の更新を行うべきです」
「そして、私は引き続きあなたの警護というところでしょうか」
「ええ。お願いします。まず先の仕事に対する報酬をお支払いします」
「どうもです」
シシーリアがファティマのZEUSに送金。
「暫くはここで待機をお願いします。部屋を準備しますので、そこにサマエルさんとお過ごしください。何かあればすぐに連絡します」
「了解です」
「では、また」
ファティマたちはそれからシシーリアの部下に案内されて拠点内の客室に通された。かつて何かのテナントだったようだが、今はベッドやテーブル、ロッカー、電気ケトルなどが設置されて住居になっている。
「まずはシャワーを浴びましょう。埃だらけのところにいたので肌がガサガサする感じですよ。綺麗さっぱりしたいですね」
「うん。お姉さんから浴びてきていいよ」
「では、お先に失礼します」
ファティマは部屋に設置されていた簡易シャワーで生ぬるいが清潔なシャワーを浴び、土埃や泥などの仕事で付いた汚れを洗い流し、汗も一緒に流した。
「ふう。次、いいですよ、サマエルちゃん」
「うん」
サマエルもシャワーを浴びた。
「けど、着替えを持ってこなかったのであまりすっきりしませんね」
「ちょっと汗が気持ち悪いね……」
泊まると思って来ていなかったので着替えなどは準備していない。そのせいで戦闘の際の汗や汚れがやや不快感を生じさせている。
「まあ、さっさと寝てしまえば忘れますよ。寝てしまいましょう」
「そうだね。けど、お姉さん。ベッドがひとつしかないよ……?」
「そうですね」
客室にあったベッドはひとつだけでソファーなどもない。ベッドにあるのも薄いシーツが一枚と毛布が一枚というだけ。
「では、一緒に寝ましょう。少し暑いかもしれないけどしょうがないです」
「い、一緒に寝るの……?」
「あ。嫌でしたか? それなら私は別の場所で」
「そ、そうじゃないよ! そんなことないよ! ただ、お姉さんは嫌じゃない……?」
サマエルが不安そうにそう尋ねて来た。
「私は平気ですよ?」
「じゃあ、ボクもそれでいいよ、うん」
「では、寝ましょう。何かあれば私が必ず起こしますから安心してください」
「分かった」
ファティマの言葉にサマエルは安心して眠りについた。
それからファティマも眠りについたのだが、しばらくすると不意に彼女が目を覚まし、枕脇に置いてあったSP-45X自動拳銃を握った。
「ファティマさん、ファティマさん。起きておられますか?」
扉がノックされ、シシーリアの声が聞こえた。
ファティマは起きると扉の前に進み、慎重に扉を開く。
「何かあった時はZEUSで連絡する手はずでは?」
「少し私的なお話をと思いまして。どうでしょう。これからお茶など」
「お茶、ですか」
シシーリアの言葉にファティマがベッドで眠っているサマエルを見る。
「どうです? お互いの友好のためにも」
「……分かりました。少しの間だけですよ?」
「ええ、ええ。どうぞこちらへ」
ファティマはシシーリアに案内されて拠点の中をインナーサークルに守られた個室に入った。そこにはちょっとしたお茶を楽しむ場が設けられている。
「さ、どうぞ。すぐにお茶を持って来ますよ」
シシーリアに推められてファティマが椅子に座る。
「お茶と言ってもインスタントの紅茶ですが、これでも希少な品なのですよ」
シシーリアがそう言ってティーカップに紅茶を注いだ。
「お茶そのものが目的のお茶会はゲヘナでは贅沢でしょう。このお茶会で目的とするものは何ですか? 教えていただきたいですね」
ファティマは紅茶を味わいつつそう尋ねた。
「凄く失礼なことで、気を悪くしたら申し訳ないのですが、あの、小さな子供がお好きなわけではないですよね?」
「それはどういう意味で?」
「恋愛対象として小さな子供を見ているのか、です。あなたはサマエルさんと親しいですが、それは庇護の対象としてですよね?」
シシーリアが凄く申し訳なさそうにそう尋ねてくる。
「ええ。妹がいたことはないのですが、妹がいたとしたらこんな感じなんだと思います。そういう感情ですよ」
「それを聞いて安心しました。同性愛はともかく小児性愛は少しゲヘナでも」
「エデンでも厳しく処罰される対象ですね。分かっていますよ」
ファティマは自分が子供に欲情していると思われて少しばかり不愉快に思った。
「それでは改めてご質問しますが私とお付き合いしませんか?」
シシーリアはそう言って誘うように微笑んだ。
「まだ考えています」
「同性愛には嫌悪感が?」
「いえ。そういうことはないです。今は色恋沙汰を考える余裕がないせいです」
ファティマはゲヘナに追放されて期待されていた将来が台無しになり、そこから反撃のために動いているという激動の時期を過ごしている。色恋沙汰に現を抜かすような時間はないのだ。
「それならば仕方ありません。残念ですが」
シシーリアはそう言ってため息を吐く。
「用事はこれだけですか? 他には?」
「少しばかり我々の内部事情について説明しておくべきかと思いまして。お時間はよろしいですよね?」
「ええ。聞かせてもらいましょう」
シシーリアの提案にファティマがそう言って頷いた。
「それでは我々の事情をご説明ましょう。どうしてインナーサークルなどという精鋭部隊に自分たちの支配地域内でも護衛をして貰わなければならないのか。その理由などを含めて」
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