デコイ//陽動&浸透作戦
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──デコイ//陽動&浸透作戦
グリゴリ戦線はゲヘナ軍政府内部に資産を有している。
というのも、ゲヘナ軍政府の汚職軍人に繋がっているゲヘナ軍政府支配地域で仕事をやっている犯罪者は別に全員がソドムの傘下というわけではないのだ。
それにゲヘナ軍政府支配地域で労働に従事している市民たちも潜在的なグリゴリ戦線の戦力となっている。
「受信機を立てろ」
「設置した」
彼らが電波傍受を行うアンテナを密かにゲヘナ軍政府支配地域に設置し、それによってゲヘナを上空から監視する偵察衛星や成層圏プラットフォームの情報を獲得する。
「よし。衛星と成層圏プラットフォームの位置を掴んだ。本部に送信しろ」
「了解」
掴んだ各種偵察手段の情報がグリゴリ戦線の司令部に送信された。
「車両部隊準備できています、イズラエルさん」
「ゲヘナ軍政府の偵察衛星が上空にいる。今やるぞ。始めろ」
「了解です!」
そして、ゲヘナ軍政府隷下クレイモア空中突撃旅団の動きを引き出すためにグリゴリ戦線が陽動作戦を開始。
「トラックを出せ!」
まず攻撃のために物資を集積した前線基地を作っているかのように見せかける作業が始められた。
空のコンテナやドラム缶を乗せたトラックで車列を作って走らせ、その様子を敢えて敵に見せる。それを繰り返し、敵がグリゴリ戦線は前線基地を作っていると思うように誘導するのだ。
実際は何も乗せていないトラックが走り回り、前線基地に偽装した場所に空のコンテナとドラム缶が積み上げられていく様子も同じように見せた。
「陽動作戦が開始されました。後はゲヘナ軍政府の動き次第でこちらも動きます」
「どうやってクレイモア空中突撃旅団の動きを把握するのでしょう?」
「こちらの潜入部隊が基地を見張っています。クレイモア空中突撃旅団は大規模な空中機動部隊なので周囲からの目視の偵察で動きは分かります」
「なるほど」
シシーリアがの説明にファティマが頷く。
「シシーリア様。潜入部隊よりクレイモア空中突撃旅団に動きありとのこと!」
「いよいよですね。こちらも作戦を始めましょう」
部下が報告し、シシーリアが命令を下す。
「動員するのは2個大隊です。うち1個大隊は既に現地に潜入しています。ゲヘナ軍政府支配地域内の様々な拠点に分散しているのです」
「普段はテロやゲリラ戦を?」
「ええ。こちらは正面から敵と戦うことをとにかく避けていますから」
グリゴリ戦線が敵に対して優れているのは数だけだ。質が悪いということは正面から戦えば敵の優れた火力によって粉砕されるということを意味する。
故にグリゴリ戦線は常に正面からの戦いを避けて来た。
「浸透手段はどのように?」
「ゲヘナ軍政府に認められた企業のトラックを使います。検問の兵士は既に買収済みです。トレーサードッグによる探知は受けずに武器弾薬を運び込むことができます」
「問題なさそうですね。ですが、万が一に備えておきます」
「お願いします」
何事も計画通りに行くとは限らない。歴史上、多くの将軍が壮大な作戦を立案したものの失敗したものも多い。
「シシーリア様。トラックの準備ができました。今現在、この基地は敵のいかなる偵察手段にも把握されていないとのこと」
「では、行きましょう」
シシーリアは動員した兵力とともに民間企業のIDを有するトラックに乗り込み、トラックはばらばらに発車した。今回は車列を作ると敵に警戒される。
「サマエルさん。通信傍受をお願いできますか。妨害はしないでください。敵に警戒されてしまいますから」
「わ、分かった……」
シシーリアに話しかけられるのにサマエルがファティマの方に身を寄せた。
「今のところ敵は警戒していませんね。まだ攻撃は先だと思っているようです」
「今のところは、ですね。ゲヘナ軍政府は多くの航空戦力を有しています。航空戦力の機動力は高く、即応性も高い。察知されればすぐに対処されてしまいます」
「綱渡りのような作戦ですね……」
「それでもやらなければ被害は無視できなくなります」
これはハイリスクハイリターンな作戦である。だが、グリゴリ戦線はクレイモア空中突撃旅団という明確な脅威にさらされており、抗わなければ殺されるのを待つだけ。
シシーリアを始めとするグリゴリ戦線の幹部たちは皆が座して死を待つつもりはなかった。彼らは部下をすりつぶしてでもゲヘナ軍政府と戦うつもりだ。
「現地の部隊から合流する準備ができたとの連絡が来ています。現地の部隊は既に重装備を持ち込んでいますから頼りになるでしょう」
「その装備は期待できるので?」
「迫撃砲やMANPADSと言った装備があります。頼りになるでしょう」
「敵の兵站を担う車列を襲うなら即席爆発装置や対戦車ロケットも欲しいところです。間違いなく装甲車が護衛についてますから」
「その点は連絡してありますし、ソドムからの支援もあります」
「ソドムが?」
意外な名前にファティマが怪訝そうな顔をした。
「彼らにとってもこの勝利は望まれているのですよ。我々が囮だとしても」
「そういうことでしたね」
ソドムとフォー・ホースメンにとってグリゴリ戦線は避雷針だ。
「シシーリア様。イズラエルさんから連絡です!」
「分かりました」
一昔前の軍用無線機を使ってシシーリアが陽動部隊を指揮しているイズラエルとの通信を始めた。
『シシーリア。こちらは予定通り、偽装した基地を構築。潜入部隊によれば既にクレイモア空中突撃旅団はロミオ・ツー前線基地に進出したそうです。そちらの動きは間に合いそうですか?』
「間に合わせます。引き続き敵を引き付けておいてください」
『了解』
シシーリアの指示にイズラエルが了承。
「さて、そろそろ検問です。万が一の場合は」
「お任せあれ」
ファティマはMTAR-89自動小銃のチャンバーに初弾を装填し、安全装置を解除。そしていつでも“赤竜”とクラウンシールドを展開可能なように準備した。
それでもファティマたち自身の姿は積み荷によって隠されている。
「検問です。警戒を」
トラックの運転手がそう言い、荷台の中に緊張が走る。
「止まれ」
強化外骨格を装備したゲヘナ軍政府の兵士がやる気なさげに手を振る。その検問にはトレーサードッグはいない。
「IDはマジャール・エレクトロニクスとなっているが、積み荷は?」
「エデン企業に納品する電子機器です」
兵士が尋ねるとグリゴリ戦線の運転手がそう返した。
「そうか。行っていいぞ。問題なしだ」
あまりにあっさりとファティマたちの乗せたトラックは通行を許可される。
「随分と計画通りですね」
「予定通りなら問題なしです。計画が破綻することには備えますが、計画通りに進むことに異論はないですよ」
「それもそうですね」
ファティマたちを乗せたトラックはそのままゲヘナ軍政府支配地域に入り、そしてクレイモア空中突撃旅団が展開したロメオ・ツー前線基地へ向けて進んだ。
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