デコイ//アナウンス
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──デコイ//アナウンス
ファティマたちを乗せたタイパン四輪駆動車はグリゴリ戦線の拠点に戻って来た。
「ファティマさん。アヴァロン・リカバリーへの協力に感謝するとともに別の仕事をお願いしたいのだが」
そして、拠点にてイズラエルがそう切り出す。
「どのような仕事でしょう?」
「まずその前に状況を説明しよう。我々グリゴリ戦線は今現在もクレイモア空中突撃旅団の攻撃を受けている。“ザ・マッド”ことルーカス・ウェストモーランド准将が指揮する精鋭部隊の攻撃をだ」
グリゴリ戦線は未だにクレイモア空中突撃旅団というゲヘナ軍政府の特殊作戦部隊による攻撃を受けていた。
「あちこちの拠点が潰されている。各地の拠点が強襲され、我々は徐々に人材と装備を失っている。ゲヘナ軍政府に対するゲリラ戦を展開する拠点もまた潰されている。じわじわとした出血を負っている」
「以前の仕事は意味がなかったのですか?」
「いや。連中の活動範囲を絞ることはできた。ここが襲撃を受けていないのはあの時に達成した仕事のおかげだ」
「なるほど。しかし、連中が活動できる範囲内では攻撃を受けていると」
「ああ。このままではいずれ押し切られる」
クレイモア空中突撃旅団による対反乱作戦は続いている。その作戦における標的はグリゴリ戦線だ。
「では、次はどのような対処を取りますか?」
「クレイモア空中突撃旅団の動きを鈍らせる必要がある。恐らく完全に止めることはできない。そうするだけの能力は我々にはない」
「奇襲でも不可能ですか?」
「敵は精鋭で、装備も潤沢な連中だ。奇襲を行ったとしてもまともに戦って勝つことはできない。その手の方法で我々が勝利を得られるのならばゲリラ戦など行っておらず、正面からゲヘナ軍政府に攻め込んでいる」
「それもそうですね」
グリゴリ戦線は数だけが多く、装備も質も足りていない。
クレイモア空中突撃旅団のような精鋭部隊とまともにやりあえば全滅だ。
「となると、敵の弱い部分を叩くことになりますね。また基地を叩きますか?」
「いや。我々には別の計画がある。兵站を叩くという計画だ」
「ほう。具体的な計画を聞かせていただいても?」
「ああ」
イズラエルがファティマたちを彼の執務室に案内した。
「まずクレイモア空中突撃旅団の性質が今回の作戦のカギとなる」
イズラエルは執務室の拡張現実システムも使って説明を始める。
「クレイモア空中突撃旅団はその名の通り空中機動部隊だ。航空基地を作戦拠点とし、索敵撃滅作戦に従事している。敵を見つけたら空中機動し、叩いたら帰還する」
「彼らは我々の戦力に打撃を与えることには熱心ですが、土地を占拠し、制圧し続けることにはあまり興味がないのです」
イズラエルに続いてシシーリアがそう補足した。
「だが、敵のパワード・リフト輸送機にもパワード・リフト攻撃機にも航続距離に限界というものがある。つまり敵は攻撃目標に応じて基地を移動させる必要がある」
「では、敵を釣りだせる、と?」
「そうだ。こちらが動きを示せば敵が利用する基地は特定できる」
「陽動を行うわけですか」
イズラエルが考えていることがファティマにも分かり始めてくる。
「これから大規模な攻勢を行うような偽装工作を行う。指摘の通り陽動だ。こちらが巨大な攻撃のための前線基地を作っているかのように見せかけ、そこにクレイモア空中突撃旅団を誘い出す」
具体的な作戦計画が拡張現実を通じて示された。
攻撃を偽装するための拠点の位置や規模についての情報がファティマにも伝えられ始める。ゲヘナの地図の上に表示される形で表示されたそれをファティマはじっくりと見つめて判断しようとした。
「クレイモア空中突撃旅団をこのロミオ・ツー前線基地に誘い出す。それからこの基地への兵站を請け負っているジェリコの兵站部隊を襲撃し、クレイモア空中突撃旅団をその場に拘束する。暫くは動けないようにする」
「了解」
作戦は3段階。
第1段階では偽装の攻撃準備を行い、クレイモア空中突撃旅団を誘引。
第2段階では誘引されたクレイモア空中突撃旅団への兵站を行うジェリコを襲撃。
第3段階ではそのままクレイモア空中突撃旅団を孤立させ、動きを封じる。
「この作戦がベストではないにしてもベターであると我々は考えている。シシーリア、あなたの承認が得られれば作戦を発動させます。どうですか?」
そして、イズラエルがシシーリアに尋ねた。
「分かりました。実行してください」
「了解です。部隊の動員を開始します。それからソドムに協力要請を」
そして、作戦が発動されることとなった。
「作戦は理解できたのですが、私はどの段階で参加すればいいのでしょうか?」
と、ここでファティマが疑問を呈する。
陽動と兵站部隊の襲撃は理解できたが、ファティマが参加するのは陽動なのか、それとも兵站部隊の襲撃なのか。
「もちろん兵站部隊の車列を叩く方です。私もそちらに参加しますのでよろしくお願いしますね」
「了解です。しかし、あなたが前線に出て大丈夫なのですか? もし何かあれば」
「大丈夫です。あなたに守ってもらいますから」
ファティマが心配するのにシシーリアは微笑んでそう返した。
「やれやれ。それは責任重大ですね。頑張りましょう、サマエルちゃん」
「う、うん」
サマエルがファティマが告げるのに恐る恐る返事をする。
「それで、ですが。兵站の襲撃に参加する戦力はどの程度ですか?」
「まだ未定です。今回の作戦はかなり後方に浸透する必要があります。現地の潜伏部隊を動員しますが、こちらから浸透させられる戦力は少なくなるでしょう」
「戦力規模が大きいと浸透は困難になりますね。軽歩兵だけでも兵站は必要ですし、戦力の機動というのは規模が大きいほど面倒なものです」
数が大きな軍隊はあらゆる面で負担になる。
指揮統制、兵站、機動、エトセトラ、エトセトラ。インフラが貧弱なゲヘナでは特に大変であるし、装備の貧弱なグリゴリ戦線ではさらに大変だ。
「それに加えて陽動が陽動として機能するには本命の攻撃を悟られない必要もあります。部隊の規模が大きければ動きを隠すのは難しい。特に我々はフォー・ホースメンのように訓練を受けているわけではないですから」
「ですね。となると、私たちが頑張る必要がありそうです」
「期待していますよ、ファティマさん」
人海戦術というのは無思慮に人間を突撃させればいいものではない。そのことをシシーリアたちグリゴリ戦線の指導部は学び、数を生かす方法を取得している。
「シシーリア。今、陽動作戦が作戦準備に入りました。兵站を襲撃する部隊を展開させましょう。迅速に動く必要があります」
「分かりました。では、始めましょう」
シシーリアが覚悟を決めてそう宣言した。
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