楽園の希望//精密検査
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──楽園の希望//精密検査
「しかし、本当に影響はないのでしょうか? この手の健康被害には潜伏期間というものがあるのでは? 今は表に出ていないだけで実際は影響が及んでいる可能性があるのではないですか?」
ファティマがレガソフ博士にそう意見した。
「今までのテリオン粒子汚染による被害ではそのような症例は少ないですが、可能性が皆無とも言えません。なので改めて検査を行いたいのです」
レガソフ博士がそう訴える。
「ここにはフォー・ホースメンが持っているものより精密な検査が行える検査機器があります。それでファティマさんの体内に存在するテリオン粒子がどのように作用しているのか検査したいのです」
「それならば構いませんが。私としても自分に起きていることは把握したいので」
「ありがとうございます。では、早速検査を」
ファティマは検査に同意し、レガソフ博士が準備を始めた。
「一応お聞きしたのですがアヴァロン・リカバリーというのはテリオン粒子の研究をしている研究機関なのですか?」
「そうです。具体的にはテリオン粒子を除染して、この地球に再び人類が定住できるようにすることを目標として掲げています」
「地上に人類を?」
レガソフ博士が検査技師たちに指示を出しながら語るのにファティマが首を傾げる。
「どうして今のようなエデンとゲヘナのような格差社会が生まれてしまっているかと言えば、人類が使えるリソースが地上の汚染によって限定されてしまったからです。地上に再び暮らせるようになればもっと余裕が生まれる」
「確かに。エデンでも資源は限られています。だから、未だにゲヘナを完全に切り離すことはできないのです」
「そう。だから、我々はテリオン粒子を除染したいのです。再びこの母なる地上を取り戻すためにも、人類の幸福のためにも」
アヴァロン・リカバリーの目標はテリオン粒子の除染であり、汚染された地上の奪還。このふたつだ。
「では、検査を開始します」
そして、ファティマに対する検査が行われた。
検査機器はフォー・ホースメンが有しているものより高度で得られるデータは詳細かつ正確でファティマの体に起きていることがより詳しく分かった。
「検査結果が出るまで暫くお待ちください」
検査は完了し、後はデータが出るまで待機となる。
「お姉さん。どうだった……?」
「まだ分かりません。ですが、今の私は元気ですよ」
「うん」
ファティマはサマエルたちが待っている部屋に戻って来た。
「ファティマさん。もし、あなたがテリオン粒子を克服できていたら、いろいろとお願いしたいことがあります。重度のテリオン粒子汚染によって閉ざされた場所に有益なものが眠っていたりするのです」
「ええ。私にできることならお手伝いしますよ」
「ありがとうございます。あなたは我々の希望です」
シシーリアが微笑んでそう告げる。
「結果がでました。ご説明します」
ようやくレガソフ博士が戻ってきて、そう言った。
「まずやはりテリオン粒子による健康被害は確認できませんでした。一切です。完全な健康体なのです。そうでありながらやはり体内にテリオン粒子が存在します。それもかなり脅威となる濃度で」
最初に分かったのはやはりファティマがテリオン粒子を体内に抱えていながら、テリオン粒子による健康被害を受けていないということ。
「あらゆる面から分析を行い、さらにテリオン粒子の状態も調べました。体内のテリオン粒子が特別なふるまいをしている様子はありません。やはり、ファティマさんの体がテリオン粒子に影響されていないとしか考えられません」
「その要因として考えられるのは?」
レガソフ博士の言葉にシシーリアが尋ねる。
「分かりません。当研究所ではこれまで多くの生き物を使ってテリオン粒子の安全な除染方法を研究してきました。初期の放射性物質の除染で植物を使って放射性物質を取り込ませたようにです」
原子力事故などで生じた放射性物質の除染は今でこそナノマシンで行えるが、かつてはそのような技術はなかった。そこで使われていたのは植物などを汚染地域に植えて、植物に放射性物質を取り込ませることだ。
「ですが、そのような試みもテリオン粒子の前には無力でした。テリオン粒子による破壊はあらゆる構造物に及ぶのです。植物の場合は葉緑体が破壊され、そのまま枯れる。そのようなものでした」
「博士。だが、ファティマさんは無事なのだろう? 理由は?」
「ですから、分からないのです、イズラエルさん。全く見当がつきません」
「なんということだ」
専門家であるレガソフ博士ですらも原因はまるで理解できなかった。
「我々が現在存在する知識と常識で考えるならば、遺伝的な特異性やこれまでの生活で摂取した化学物質が関係していると考えられるでしょう。それらが再現可能なら人類がテリオン粒子を克服できます」
「では、迅速に分析を進めてください、レガソフ博士」
「そのためのサンプル採取についてファティマさんの同意をいただきたいのですが」
シシーリアが要請するのにレガソフ博士がファティマの方を向く。
「どのようなサンプルが必要なのでしょうか?」
「遺伝情報と血液サンプルを。それからそのサンプルによる各種実験への許可をいただきたいと思います」
「それでしたら構いません。サインをすればいいのですよね?」
「是非ともお願いします」
レガソフ博士はそう言ってサンプル提供と生物医学倫理に関する契約書をファティマのZEUSに送信し、ファティマはサインをして返した。
「ありがとうございます。サンプルの採取を。分析はそれからすぐに行います」
ファティマはレガソフ博士のサンプル採取に応じ、血液とDNAを提供。
これからファティマの遺伝子などを分析し、他の人間と明確に違う点を探し出し、どうしてファティマがテリオン粒子による健康被害を受けていないかを調べることになる。それが見つかればテリオン粒子に対抗できるかもしれない。
「ファティマさん。この度は協力ありがとうございます。我々を搾取するエデンとエリュシオンを打倒することも重要ですが、地上を再生させることも重要なのです。エデン社会主義党が崩壊しただけでは人々は救われません」
「エデンで全人類が暮らせるわけではないですからね。エデンのリソースは限られている。いや、エデンというよりも全人類のリソースはテリオン粒子によって限られてしまっている、でしょうね」
「その通りです。私たちの望みは限られた人間の救済ではなく、より多くの人々の救済なのです」
ファティマの言葉にシシーリアが頷く。
「その上でファティマさん。以前の申し出は考えてくれましたか? もう私たちは何度もともに過酷な戦場を戦い抜いた関係ではありませんか」
シシーリアがそう言ってファティマに身を寄せる。シシーリアの女性的な体がファティマに触れた。
その様子をサマエルが不安そうに見ている。
「考えておきます」
しかし、ファティマはそう返すのみだった。
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