楽園の希望//テリオン粒子
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──楽園の希望//テリオン粒子
「おや。シシーリアさんからメッセージが来ていますよ」
ソドムの幹部エルダーの仕事から数日後。
ファティマのZEUSにグリゴリ戦線の指導者シシーリアからメッセージが来ていた。
「仕事?」
「ええ。そのようです。ゲヘナ軍政府が動く様子を見せているとかで」
シシーリアからのメッセージではゲヘナ軍政府が動きを見せており、それに対応する作戦を実行するためにファティマに仕事を依頼したいとのことだ。
「仕事を受けようと思いますが、いいですか、サマエルちゃん?」
「もちろん。お姉さんの望むようにしていいよ」
「ありがとうございます。では、指定された場所に向かうとしましょう」
ファティマたちはこれまで溜めた資金で中古のタイパン四輪駆動車を買っており、それでシシーリアから指定されたグリゴリ戦線支配地域内の建物へと向かった。
「ここのようですね」
「ここなのかな……?」
指定されたのは人気のない廃ビルだった。その地下駐車場が指定されている。
ファティマたちはビルに面する道路にタイパン四輪駆動車を停め、それから地下駐車場へと降りていく。地下駐車場は暗く、ファティマは手に持っていたペンライトで周囲を照らしながら進んだ。
「……囲まれましたね」
そして、地下駐車場の中に入ったときファティマがそう言ってMTAR-89自動小銃を構えた。同時にエネルギーシールドを展開し、戦闘に備える。
「動くな!」
それから地下駐車場の闇の中から現れたのは山岳帽と王冠のエンブレムの部隊。インナーサークルだ。彼らはCQB仕様のCR-47自動小銃を握り、その銃口をファティマに向けたまま進んできた。
「おっと。穏やかではないですね。やり合うつもりですか?」
ファティマは赤いエネルギーシールドで自分とサマエルを守りながら、小さく笑ってインナーサークルの兵士たちにそう尋ねる。
「必要があれば手足の一本や二本はもいで構わないと言われている」
そういうのはインナーサークル所属の兵士クラウディアだ。
「では、こちらもそういう姿勢で行かせてもらいますよ。“赤竜”!」
ファティマが十本の赤いエネルギーブレード“赤竜”を展開。その刃がインナーサークルの兵士たちに向けられる。
「やめなさい!」
だが、緊張感が漂ったところでシシーリアの声が響いた。
「何をしているのですか? 私はファティマさんを連れてきてほしいと頼んだだけですよ、クラウディア?」
「念のためです、シシーリア様。ソドムとのつながりのある人間ですから」
「全く……」
シシーリアはイズラエルを連れて地下駐車場に降りて来た。
「ファティマさん。申し訳ありませんでした。こちらの連絡の手違いです」
「それならば構いませんが、どこに連れて行くつもりだったので?」
謝罪するシシーリアにファティマが尋ねる。
「あなたについて極めて興味深い情報の提供を受けています。そのことについて協力してもらいたいのです。これはグリゴリ戦線だけの利益ではなく、全人類の利益になることなのです」
「どのようなことなのか未だに分かりませんが、協力することで私にデメリットがなければ受け入れる準備はあります」
「ありがとうございます。それでは行きましょう」
ファティマの言葉にシシーリアは頷き、ファティマを外に止めてあるタイパン四輪駆動車に案内した。そして、ファティマたちはそのタイパン四輪駆動車に乗り込む。
「これから向かう先は我々グリゴリ戦線からスポンサードされながらも独立した研究機関として機能している企業です。ゲヘナ軍政府にも認められている企業です」
「何の研究をしているのですか?」
ファティマがシシーリアに尋ねる。
「テリオン粒子ですよ」
そして、タイパン四輪駆動車はグリゴリ戦線の支配地域でありながら綺麗に保たれた10階ほどの高さのある建物がある敷地に入った。
「アヴァロン・リカバリー?」
建物には控え目な表示でアヴァロン・リカバリーと記されている。
「シシーリアさん、イズラエルさん! ようこそ!」
その建物から老人が出て来た。
性別は男性で年齢は60台後半ほど。ひょろりとした頼りない体形にスーツと白衣を身に着けているさまはまさに絵に描いたような研究者だった。
「お久しぶりです、レガソフ博士」
シシーリアは笑顔でその老人をレガソフと呼んだ。
「ファティマさん。こちらはラシード・レガソフ博士。アヴァロン・リカバリーの所長です。そしてゲヘナにおけるテリオン粒子研究の第一人者」
「初めまして、レガソフ博士。ファティマ・アルハザードです」
紹介されたレガソフ博士という男性にファティマが挨拶する。
「あなたがファティマ・アルハザードさんですね。いやはやお待ちしておりました。どうぞこちらへ。シシーリアさんたちもどうぞ」
レガソフ博士は慌ただしく、いそいそとファティマたちをアヴァロン・リカバリーの施設内へと案内していく。
「研究所、みたいですね」
アヴァロン・リカバリーの施設内は拡張現実による案内表示などが行われているスマートさと綺麗に清掃された清潔さがあり、白衣の研究者たちが大勢いる。まさに研究所だった。
「こちらへ。ご説明します」
レガソフ博士に研究室のひとつに通される。
「では、レガソフ博士。ファティマさんたちに分かったことについて説明をお願いします。我々にも改めて」
「はい。まずはこれをご覧ください」
研究室の拡張現実システムが3Dの映像をファティマたちの前に展開させた。その映像はどうやら人の細胞を拡大したものであることが分かる。
染色体が存在する細胞核があり、ミトコンドリアがありと標準的な人の細胞。
「これは標準的な人の体細胞です。それがテリオン粒子の影響を受ける様子をご覧ください。すぐに分かります」
そして映像が再生された。
テリオン粒子の赤い光が輝くと細胞が見る見るうちにズタズタに引き裂かれ、ミトコンドリアの形状が変性し、細胞核が分解され、そして最終的に細胞膜が破れて、細胞は完全に崩壊した。
「これが高濃度のテリオン粒子影響下の人の細胞が辿る結果です」
「こんなものがゲヘナには溢れているのですね……」
ファティマは改めてテリオン粒子の恐ろしさを知った。
「その上でお知らせします。ミア・カーター医師が送って来たファティマさんの体内のテリオン粒子の濃度は先ほど示した細胞に照射されたテリオン粒子と同じレベルであるということを」
「え?」
レガソフ博士の言葉にファティマが目を見開く。
「その、どうしてその情報を……?」
「ミア・カーター医師は我々の嘱託研究員ですので」
「ああ。そういうことでしたか。サンプルを送るというのはここのことだったと」
ファティマはミアが言っていたことを思い出した。
「皆さん。先ほど見たのがテリオン粒子の脅威です。ですが、ファティマさんはあれだけのテリオン粒子に晒されていながら完全な健康体であることが報告されています。これが意味するのはテリオン粒子の克服、です」
レガソフ博士は熱を込めてそう語る。
「テリオン粒子を克服した? それは人類が放射線の影響を受けなくなったというようなものではないのか。スーパーヒーローを描いたコミックではあるまいし、そのようなことが本当にあり得ると?」
「データが全てです。ファティマさんにはテリオン粒子に由来する健康被害は確認されていません。全くです」
「どういうことなのだ……」
レガソフ博士の言葉にイズラエルが考え込む。
「テリオン粒子の脅威から人類の故郷である地球を救うことは我々の長年の目標でした。もしやするとこれがそれを果たすカギになるのかもしれません」
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