ペンコフスキーの裏切り//報酬
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──ペンコフスキーの裏切り//報酬
ゲヘナ軍政府憲兵部隊、壊滅。
「ハイ、裏切者! 逃げ切れると思った?」
「クソッタレ……」
残忍な笑みを浮かべるデフネにCR-47自動小銃の銃口を向けられ、ジョージ・フィッシャーがSP-45X自動拳銃を落として両手を上げた。
「大隊長!」
「仕事は終わったよ。お兄ちゃんにこいつを引き渡しに行こう」
「了解」
デフネがフィッシャーに銃口を向けたまま部下たちに命じ、イェニチェリ大隊の兵士たちはフィッシャーを拘束してハミングバード汎用輸送機に護送する。
「これからのことを考えるならば自殺するかなと思ったのですが、しませんでしたね」
「分かってないんだよ。これからのことが。裏切者は得てして裏切りを軽く考えている。裏切られる方の感情を想像できない。まあ、あたしがたっぷり裏切りの報いってのを体験させてあげるけど!」
ファティマはフィッシャーにこれから起きることが想像できていた。
拷問に次ぐ拷問。そして、苦痛に満ちた処刑と見せしめ。間違いなくそれらが行われるだろうと。ソドムの性質がかつて存在した中南米の麻薬カルテルと似たようなものであれば、それが行われるのは間違いない。
「では、我々も戻りましょう。私の仕事は目標の拘束までです。残りのことはお任せしますよ」
「ええー! また拷問に付き合ってくれないの?」
「あまり興味はないですし、そちらとしては部外者に情報が漏れるのを良く思わないのでは? あなたはともかくエルダーさんは私に渡す情報も限定していましたよ」
「お兄ちゃん、そんなことしてたんだ。お姉ちゃんが裏切るわけないのにさ!」
ファティマが言うのにデフネが不満そうにそう愚痴り、ハミングバード汎用輸送機に乗り込んだ。ハミングバード汎用輸送機はすぐさま離陸し、そのままソドムの拠点を目指して飛行していった。
「やあ。仕事は終わったようですね、ファティマさん、サマエルさん」
ソドムの拠点ではエルダーとマムルークが待っていた。
「ええ。無事にジョージ・フィッシャーは確保しました。後はそちらで」
「ご苦労様でした。報酬の1500万クレジットです。これに含まれているものの意味はお分かりだと思いますが」
「もちろんです」
これにはソドム内に潜入工作員がいて、それをエルダーが駆除したということを口外しないようにするための口止め料も含まれている。
「では、これで」
「これからもよろしく頼みますね」
ファティマはエルダーに別れを告げて帰ろうとした。
「待て。私がフォー・ホースメン支配地域まで送ろう」
「マムルークさんがですか?」
そこでマムルークが声を上げる。
「ああ。構わないだろう、エルダー?」
「いいよ。丁重に送り届けてくれ」
「了解」
エルダーが許可を出すとマムルークはタイパン四輪駆動車を準備し、ファティマたちの前まで運転してきた。
「乗れ」
「はいはい」
ファティマとサマエルがタイパン四輪駆動車に乗り込み、そして走り出した。
「なあ、ファティマ。お前はミア・カーターという軍医を知っているか?」
「カーター先生ですか? 知ってますよ。そう言えばお知り合いみたいでしたけど」
グレースがマムルークにミアの話をしていたのをファティマは思いだす。
「ああ。その、知り合いだ。変わった様子はなかったか?」
「よくしてもらいましたよ。優しい先生ですよね。診察も説明も丁寧ですし」
「ミアはいい医者だ」
ファティマが語るのにマムルークが満足したように頷いた。
「何か医者に行く用事はあるか? ウェストロード医療基地に寄ってもいい」
「なら、強化外骨格の様子を含めて検査を受けたいですね。カーター先生からも定期的に検査を受けるように勧められていましたから」
「分かった。じゃあ、寄るぞ」
マムルークはファティマからそう言われてタイパン四輪駆動車をミアが医者として勤務しているウェストロード医療基地に進める。
暫く走り、そして無事到着。
「ようこそ、ウェストロード医療基地へ。ご用件を伺います」
「検査を、と」
受け付けの接客ボットに項目を入力してファティマたちはマムルークも連れてウェストロード医療基地へと入った。
今日はあまり混んでおらず、待合室の椅子にも余裕がある。
「おや。マムルークじゃないか!」
ファティマたちが順番を待っていたとき、ふとミアが診察室から出てきてマムルークの姿を見つけた。ミアがたちまち笑顔を浮かべてマムルークの下へとやってくる。
「元気にしていたかい? あまり顔を見せてくれないから心配していたよ」
「すまない。忙しくてな。顔を出したいとは思っていたのだが」
「それでもこうして来てくれたのだから嬉しいよ。身体は大丈夫かい? 君の分の予約は入っていないが、検査は必要ない?」
「大丈夫だ。今日は、その、これを渡したくて」
マムルークは少し頬を赤くしてそう言うとタクティカルベストから宝石箱を取り出し、そしてそこからネックレスを取り出しミアに差し出した。
「いいのかい? これは安い品ではないだろう」
「お前には返しきれない恩があるからな。よければ受け取ってくれ」
「もちろんだ。ありがとう、マムルーク」
ミアはマムルークから受け取ったネックレスを早速身に着ける。銀製のチェーンと月と星の飾りがついたシンプルなものだ。
「では、エルダーが待っているからそろそろ帰る。またな、ミア」
「ああ。また顔を出してくれると嬉しいよ、マムルーク」
マムルークはファティマには見せなかった笑みを浮かべるとウェストロード医療基地から去っていった。
「カーター先生。マルムークさんとはお知り合いなのですか?」
ファティマが先ほどのやり取りを見てそう尋ねる。
「彼女と出会ったのは5年前だ。重傷の彼女を偶然私が見つけてここに連れてきて治療を行った。彼女は右目と右腕に酷い傷を負っていた。そこで機械化することになったため私が執刀したんだ」
「ああ。カーター先生がマムルークさんの治療を」
「それから彼女が完全に回復するまでここで私が担当医になった。そのときはまだ彼女は傭兵ではなかったね。ただ、私に医療費を支払うためといって稼ぎたいと言っていたから傭兵の職を紹介した」
ミアが愛おし気にマムルークからもらったネックレスを見ながら語る。
「それからはずっと交友がある。彼女はゲヘナの住民としては裏表がなく、話していて気持ちのいい相手だ。私は好きだよ、彼女のこと」
「なるほど。マムルークさんからすれば本当に命の恩人ですね」
「大したことではない。医者としてするべきことをしただけだよ。さあ、君にも医師としての義務を果たさせてくれるかい?」
「お願いします」
そして、ファティマは再び検査を受けた。
「強化外骨格とそれに関する部位に異常は見られない。健康そのものだ。しかし……」
「テリオン粒子、ですか?」
診察室でミアが言葉を濁らせるのにファティマが険しい表情でそう尋ねる。
「ああ。テリオン粒子だ。濃度が濃くなっている。それなのに健康に影響はない」
「そして原因は不明、ですか」
「全く説明がつかない。どういうことなのか……」
「研究機関にサンプルを送ったのですよね? その結果はまだですか?」
「まだ何も聞いていない。このまま何事もなければいいのだが」
「そうですね……」
診察室の外ではサマエルがファティマとミアのやり取りを聞いていた。
「お姉さん……。ごめんね……」
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