ペンコフスキーの裏切り//インナーサークル
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──ペンコフスキーの裏切り//インナーサークル
「近々ソドムと武器取引を行うと聞いています。その取引に関してお話が」
「ふむ。今日の役割はソドムの代理人ですか。どのような話でしょう?」
ファティマの言葉にシシーリアが警戒を示す。
「ソドムは現在とある特殊な作戦を実行中です。その作戦のためには厳重な情報管理が必要になってきます。取引の担当はイズラエルさんと聞いていますが、些かそれでは情報管理に問題があるのではと先方は疑問に思っています」
「なるほど。そちらの望むのはきちんと管理された取引ですか。そのためにこちら側に何を求めているかをお尋ねしたいのですが?」
「インナーサークルの動員を求めます。精鋭である彼らならば情報管理も適切に行ってくれるだろうということです」
その発言を聞いてシシーリアは渋い表情を浮かべた。
「インナーサークルは私によるグリゴリ戦線の指導体制を維持するためのものです。彼らは信頼できる精鋭部隊であり、内部の規律を守るものです。傭兵でもなければ、便利屋でもありません」
「ええ。それだけ信頼と規律、そして士気のある部隊であるからこそ信頼に値する。先方はそう考えています。どうでしょう?」
ファティマにはシシーリアの発言は拒絶ではないと分かっていた。拒絶するならばもっと明確に示す。これは譲歩を求めている発言だ。
「ソドムに貸しを作ることになりますね? それについてエルダーさんは何と?」
「譲歩は期待できると思いますよ。とても重要な作戦ですから、それに貢献すればそれだけの貸しとしていいかと」
「いいでしょう。それならばインナーサークルを動員しましょう」
やはり交渉であったらしくシシーリアは取引に同意した。エルダーの求める通りインナーサークルが動員される。
「では、取引のこと、お願いしますね」
「ええ。取引には私も参加します。インナーサークルを動員する以上、私が行かなければいけませんから」
「取引の場でもお会いできそうですね。ですが、用心はなさってください」
「……ええ」
ファティマは密かに取引現場が襲撃される可能性を示唆した。
シシーリアに情報が漏れることになるがシシーリアにはソドムを裏切る理由がない。そして、シシーリアの側──つまりグリゴリ戦線の側が事前に情報漏れについて調べ直してくれれば、原因はソドムに限定できる。
ファティマの果たした仕事は100%の出来というわけだ。
「それでは失礼します」
ファティマたちはグリゴリ戦線の拠点を去ろうと駐車場に停めてあるタイパン四輪駆動車を目指して進んだ。
だが、そこに──。
「傭兵。話がある」
クラウディアがタイパン四輪駆動車の前で待ち構えていた。
「あなたはインナーサークルの方ですね。どのようなご用件でしょう?」
「お前はどういう立場の人間だ? シシーリア様に何の目的があって近づいている?」
「おやおや。そいういうことでお悩みでしたか」
ファティマがそういうとクラウディアがカービンモデルのCR-47自動小銃の銃口をファティマの額に向ける。
「冗談で言ってるわけじゃないぞ。いいな。私たちはシシーリア様のためにならば命を捨ててもいいと思っている。なのに貴様のような傭兵ごときが、どうしてシシーリア様の傍に近づけている」
「それは私が実力と信頼性を示したからでしょう。私は彼女に不当な働きかけなどはしていませんよ。疑っておられるならば否定させていただきます」
クラウディアが淡々と、だが僅かに恨みを込めた口調で言い、ファティマはお手上げというように肩をすくめた。
「実力、か。それならば私たちにだってある。貴様は特別じゃない」
「なるほど。であれば、あなた方もそれを示せばよろしいのでは?」
「舐めやがって」
ファティマはこともなげにいうのにクラウディアが睨みつけてくる。同時にその指が銃のトリガーにかけられた。
「私を殺せばそれこそシシーリアさんの信頼を損ねますよ。それに実力を示す機会ならすぐに回ってきます。あなたが余計なことをせずに、ちゃんと自分の仕事をしていればですがね」
「適当なことを言いうな。お前がそこまでシシーリア様に……」
クラウディアがそう言い、銃口を正確にファティマに向ける。
「やめて。どこかに行って!」
そこでサマエルが赤い爬虫類の瞳を輝かせてそう言い放った。
「……ふん。失せろ」
それからすぐクラウディアはそう吐き捨てて立ち去った。
「やれやれ。グリゴリ戦線はいろいろと複雑ですね」
「うん。早く行こう、お姉さん。ここにはいたくない……」
「ええ。帰りましょう」
ファティマたちはタイパン四輪駆動車に乗り込み、ソドム支配地域に戻る。
そして、ソドムの拠点に帰って来た。
「どうでした? シシーリアさんには同意していただけましたか?」
帰ってきてすぐにエルダーが出迎え、そう尋ねて来た。
「ええ。インナーサークルは動員されます。しかし、向こうとしては無料サービスにするつもりはないようです。よろしいですか?」
「もちろん。この手の費用を渋るのは悪手ですからね。ちゃんと支払いを行った方が結果として損失を免れるというものです」
「必要なお金は気前よく払いましょうというわけです。北風と太陽の童話を連想させますよ。時として気前がいい方が得をする、と」
「ええ。童話からは学べることがいろいろとあります。先人の知恵というのも馬鹿にならないというわけですよ」
ファティマの言葉にエルダーが同意するように頷いた。
「これでインナーサークルが動員され、グリゴリ戦線からの情報漏洩の可能性は極めて低くなる。これで情報が漏洩すれば潜入工作員は確定です。捕まえて、デフネにでも与えてやりましょう」
「グリゴリ戦線との取引はいつ?」
「今日の午後です。準備をお願いします」
「了解」
エルダーの言葉にファティマが頷く。
「しかし、私が見たところインナーサークルもそこまで信頼のおける部隊には見えませんでしたが。思想の面で教育されていても、ちゃんとした情報管理の技術を持っていると言えるのでしょうか?」
ファティマがそう疑問を呈する。
「その点は問題なく。以前のグリゴリ戦線では情報漏洩が多発していました。その点を改善するために我々とフォー・ホースメンの情報担当がインナーサークルに訓練を施したのです」
「つまり、一定の教育は行われている、と」
「ええ。そしてインナーサークルの忠誠心は驚くべきものがあります。シシーリアさんはどうすれば忠実な兵隊を飼っておけるかについて論文が書けるほどですよ。そのようなわけで取引をインナーサークルが仕切るなら問題なしです」
「納得しました。では、取引に臨みましょう」
そして、ファティマたちが準備を整え、取引のための準備を始めた。
「マムルーク。準備はできてるかい?」
「ああ。いつでもいい」
「では、始めよう。善は急げというだろう」
「これが善だとは私には言い切れないがな」
マムルークはエルダーに呆れたようにそう言い、タイパン四輪駆動車の運転席に乗り込んだ。エルダーとファティマたちも乗り込む。
「出してくれ。潜入工作員狩りはついに終わる」
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