ペンコフスキーの裏切り//第三の取引
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──ペンコフスキーの裏切り//第三の取引
「素晴らしい結果だ、ファティマさん、サマエルさん。我々は敵についてその正体を掴みつつある。だが、惜しいかな、もう一歩前に進まなければならない」
ゲヘナ軍政府支配地域からソドムの拠点に戻ったエルダーがそう告げる。
「ふむ。ということはかなり真相に近づいているのですね」
「そう。まずは報酬をお支払いしよう。約束していた額に色を付けて1700万クレジット。こちらの信頼の証として受け取ってほしい」
「確認しました。どうもです」
ファティマは自分の端末にエルダーが約束した報酬を振り込んだのを確認した。
「ここからは極めて迅速に動く必要があります。度重なるラザロの失敗が潜入工作員に伝わり、相手が警戒するようなことがあれば、仕留め損ねますから」
「では、次もまた偽装の取引を?」
「ええ。これで決まりになるでしょう」
ファティマの問いにエルダーが頷く。
「いつから始めますか?」
「すぐに。準備は随分前からできています。ただ、ちょっとばかり我々のコネを使わなければなりません」
「我々?」
エルダーが言う“我々”が明らかにファティマも含めた意味であるのにファティマが首を傾げた。
「共通の友人がいる相手との取引です。取引相手は再びグリゴリ戦線」
相手はグリゴリ戦線だ。
「ふむ。絞り込む相手として選ぶのが彼らというのは些か不安ですね。前の仕事でも分かりましたが、彼らは言っては悪いですが烏合の衆です。どこからでも情報が漏れる疑いがあるでしょう」
「そう。潜入工作員もそう考え、簡単に情報を売る。自分に疑いがかかることなどないと。しかし、それを逆手に取るのですよ。この取引で決定打を打ちます。ですが、まずグリゴリ戦線に水漏れを防止してもらう必要が」
「どのようにして?」
「インナーサークル。狂信的なグリゴリ戦線の指導者シシーリア・ティンダルの近衛兵ですよ。彼らは何があろうとシシーリアに身を捧げてるでしょう。絶対に裏切らない。そのようにシシーリアが教育したのです」
ここで出たのがインナーサークルの名だ。シシーリアの狂信者たち。
「彼らは以前の取引にも関わっていましたね。今回もですか?」
「残念ながら今回の取引相手はナンバー・ツーのイズラエルです。インナーサークルは彼の兵隊ではない。あくまでシシーリアがグリゴリ戦線内に有する私兵」
「ということはシシーリアさんにお願いしないといけないですね。それが我々の伝手を使うという意味ですか?」
「その通り。お願いできますか?」
ファティマの推測にエルダーが笑顔でそう求めた。
「それが必要とされるのであればそうしましょう。ですが、まずは計画を聞かせていただきたい。もちろん、私から漏洩したと疑われない範囲の情報を」
「それはもちろん。取引するのは武器です。グリゴリ戦線が引き続きというように武器を求めています。こちらからの売込みというよりも、グリゴリ戦線側の求めに応じる形での取引となります」
エルダーはファティマにそう説明する。
「向こうにとっても必要なことならば必要経費としてカウントしてくれそうですね。では、その方向でシシーリアさんに取引をインナーサークルが仕切るように求めてきます。結果はいつまでにお伝えすれば?」
「なるべく早く。今日中であれば嬉しいですね。遅くとも明日の10時まで」
「了解。向かいましょう」
「車を準備してある。使ってほしい」
ファティマはエルダーにそう言われてサマエルとともに拠点を出た。そして、エルダーが準備していたタイパン四輪駆動車でグリゴリ戦線の支配地域に向かう。
「さて、ではシシーリアさんたちに連絡を、と」
ファティマはシシーリアのZEUSにメッセージを送信した。会いたいという求めだ。
「おっと。返信が素早いですね」
シシーリアからの返答は『いつでも喜んで応じる』とのものだった。
「お姉さん。またシシーリアさんに会うの……?」
「会ってお願いをしなければいけないですから。あの人の申し出を受けることはないから安心してください。それに仮にシシーリアさんとお付き合いすることになってもサマエルちゃんと離れたりはしませんよ」
「うん……」
ファティマの言葉を受けてもサマエルは心配そうであった。
そんな中で車を進め、ファティマたちはグリゴリ戦線支配地域に入る。
「止まれ!」
そしてグリゴリ戦線の正規の検問で車を止められた。
CR-47自動小銃で武装した兵士たちがファティマたちを用心深く警戒している。
「何の用だ? それから名前を言え」
「シシーリアさんに用事です。名前はファティマ・アルハザード。アポはあります」
「確認する」
グリゴリ戦線の将校がファティマたちを生体認証する。
「確認した。行け」
「どうも」
検問の通過を許可され、グリゴリ戦線支配地域をシシーリアがいる拠点を目指して進んだ。拠点までは何事もなく通過でき、無事に旧大型商業施設に設けられた拠点に入った。
「ファティマさん、サマエルさん。ようこそ!」
シシーリアが直接ファティマたちを出迎える。付き添っている山岳帽と王冠のエンブレムを付けたインナーサークルの兵士たちは周辺とファティマを警戒しながら。
「こんにちは、シシーリアさん。会っていただけて助かります」
「他人行儀はやめてください、ファティマさん。我々はともに戦った戦友ですよ」
「ええ。ですが、親しき仲にも礼儀ありといいますので」
「そうですか? しかし、用事というのは以前の申し出のことでしょうか? 私としてはいつでも歓迎しますよ、ファティマさん」
シシーリアがそう言ってファティマに優しく笑みを浮かべた。
「いえ。ちょっとした仕事についてご相談を、と。ここではなんですので、どこかでお話できませんか?」
「分かりました。こちらへどうぞ」
ファティマの言葉にシシーリアは少しばかり落胆しながらも拠点内を案内する。
「やはり考えてはいただけませんか?」
「考えている最中です。私も文化の違いというものを感じていますので。同性愛はエデンではあまりよく評価されていませんでしたから」
シシーリアが悩まし気に尋ねるのにファティマがそう返した。
「エデンの生まれなのか、貴様」
インナーサークルのメンバーのひとりであったクラウディアという女性がそう言ってファティマにCR-47自動小銃の銃口を向ける。
「おっと!」
それに対しファティマは瞬時にエネルギーシールドを展開してホルスターからSP-45X自動拳銃を抜いた。
「やめなさい、クラウディア。すぐに銃を降ろすように命令します」
「しかし!」
「命令です。従えないならばインナーサークルから除名しますよ」
「……分かりました」
シシーリアが厳しく命じてクラウディアが銃を降ろす。
「いいですか。エデンの住民であったからと言って敵ではないのです。エデン社会主義党に所属し、そして彼らのために我々を殺している連中こそが敵なのです。それを理解してください。全員がです」
「はい、シシーリア様」
インナーサークルのメンバーたちが敬礼を送る。
「クラウディア。あなたの忠誠心はよく理解できます。いつも私に尽くしてくれていることは分かっています。しかし、その忠誠をより示したいならば敵意を示すべき相手を間違えないようにしてください」
「すみません、シシーリア様。ですが、お傍に置く人間はご注意ください。我々にはあまりにも敵が多いのですから」
「分かっています。もしものときはあなたたちを頼りますから」
クラウディアの言葉にシシーリアが優しくそう言った。
「さあ、こちらへ、ファティマさん、サマエルさん。用件を伺います」
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