フィルビーの憂鬱//ゲヘナ軍政府
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──フィルビーの憂鬱//ゲヘナ軍政府
ゲヘナ軍政府の検問に近づくファティマたちのステーションワゴン。車には違法薬物が積み込まれている。
「止まれ!」
検問にいるゲヘナ軍政府の兵士たちが車を停車させた。
この検問には8名の兵士と1台のTYPE300装甲兵員輸送車、そしてトレーサードッグ2台が配備されている。
「ゾーシモス・ケミカルのものだ」
「確認した。一応検査を行う。全員手を見える位置に置き、そのまま動くな。不審な動きを見せれば射殺する」
「了解」
マムルークはハンドルの上に、エルダーとファティマ、サマエルも見える位置に手を置いてゲヘナ軍政府の部隊が車を調べ終わるのを待った。
機械仕掛けの軍用犬たるトレーサードッグが車の周りを歩き、爆発物などの反応を探る。もし、爆発物が探知されれば警報が鳴りひびくことになってしまう。
「ビアンキ上等兵。調べ終えたか?」
「異常なしです」
「よし。通っていいぞ」
だが、事前に備えていたこともあって無事にファティマたちは検問を通過できた。ゲートが開けられ、運転手のマムルークがそのままステーションワゴンを通過させる。
「後は目的の人物を会うだけですね。しかし、情報が漏洩しているとなると待ち伏せなどが考えられますが」
「ええ。ですので、お願いしますよ、ファティマさん、サマエルさん」
「了解です」
ゲヘナ軍政府支配地域を車は進み、そして目的地である倉庫のひとつに向かう。旧世界の遺産である車道の両脇には、相変わらず死んだ魚のような目をした市民たちがただただ労働のために生きていた。
「そろそろだが、一応罠を確認すべきだ」
「賛成ですね。確認しましょう」
マムルークの意見にファティマが同意し、ファティマが戦術級偵察妖精を展開。上空から倉庫を見渡す。
「仮に罠が待ち受けていたとしたらどうします?」
「こちらが罠に備えていた、ということが伝わると潜入工作員が疑われていることに気づきます。ですので、罠があろうと飛び込むことになりますね」
「では、その方向でいきますね。こちらとしても馬鹿正直に罠にかかってあげる必要はないでしょう?」
「お任せしますよ、その辺りは」
エルダーはファティマに丸投げした。
「周辺に敵はいませんが、倉庫内に重量のあるものが運ばれた形跡があります」
「アーマードスーツというところか。面倒だな」
「敵の装甲戦力はこちらで撃破しますので、マムルークさんは随伴歩兵を」
「分かった。頼むぞ。じゃあ、行くか」
マムルークは倉庫の敷地内に車を進めさせ、倉庫の入り口前で停車させる。
「私が先頭を進みますので、マムルークさんはエルダーさんを」
「ああ。いつでも援護してやる」
ファティマはクラウンシールドを展開し、倉庫の扉を室内戦の基本に従って用心深く開いて一気に倉庫内に突入。
『ジラフ・ゼロ・ワンより各員! 射撃開始、射撃開始!』
同時に倉庫内にいたヘカトンケイル強襲重装殻4体と歩兵小隊32名から一斉にファティマに向けて銃弾と爆薬が叩き込まれた。
「オーケー。やはり罠です。事前の予定通り、私は装甲戦力を」
「私は歩兵どもを片づける。やっぱりラザロの連中か」
ファティマのクラウンシールドは口径40ミリ機関砲弾すらも弾き、さらには叩き込まれたあらゆるグレネード弾も防いだ。
『クソ。なんだあれは……?』
『敵は4名だ。すぐに殺すぞ』
ラザロの戦闘部隊が引き続き火力をファティマに向けて投射するも効果なし。全てクラウンシールドによってブロックされている。
「さてさて! 反撃ですよ、“赤竜”!」
ファティマが十本の赤いエネルギーブレードである“赤竜”を展開。
「貫き、切り裂き、破壊してください!」
アーマードスーツに襲い掛かる“赤竜”。それを止めることはできない。
『こちらジラフ・フォー・スリー! 僚機が吹き飛んだぞ!? アクティブ防護システムで迎撃できなかったようだ! 指示を求める! クソ、こっちにも──』
いきなり2体のアーマードスーツが八つ裂きにされ、爆発炎上する。
『ジラフ・フォー・ワンより各機! 敵は未確認の魔術を使用している! 回避運動を取りながら行動せよ!』
『了解!』
ヘカトンケイル強襲重装殻の動力である人工筋肉は強化外骨格に使用されている物より遥かに高出力だ。その動きは極めて素早く、大型肉食動物のようにダイナミックに動いた。
『エネルギーシールド展開! 再攻撃を実施せよ!』
さらにアーマードスーツはエネルギーシールドを展開し、移動しながら射撃管制システムに従って再びファティマを狙う。
次々に放たれるロケット弾。しかし、それはファティマに到達しない。
『なんだ、あれは……!』
クラウンシールドによってロケット弾は空中でインターセプトされ暴発。炎と煙によってヘカトンケイル強襲重装殻の熱光学センサーが機能不全となり、ファティマたちを見失ってしまう。
『警戒を続けろ! 奴はきっと生きていて──』
「こんにちは!」
周囲を熱光学センサーで探ろうとするアーマードスーツの目の前にファティマが現れた。そのままファティマは“赤竜”でアーマードスーツをあらゆる方向から滅多刺しにし、アーマードスーツは爆発し、燃え上がる。
『指揮官機がやられたぞ、畜生! 随伴歩兵は援護してくれ!』
僚機を全て失い孤立したアーマードスーツが随伴歩兵に助けを求めるが、随伴歩兵もそれどころではなくなっていた。
「またひとりやられた! 電磁フレシェット弾だ!」
「クソ! あのあばずれが!」
随伴歩兵はマムルークに攻撃を受けている。ひとり、またひとりが電磁フレシェット弾にやられて戦死だ。無数のとても細い金属の針に貫かれて敵の歩兵がミンチより酷い状態へと変わる。
「大した敵ではないな。エルダー、隠れていろ。今はそっちの面倒は見辛い」
「分かったよ、マムルーク」
マムルークは電磁ランチャーからのフレシェット弾で次々にラザロの歩兵を攻撃する。マムルークのレールガンによる高速で射出される極細の針によって強化外骨格の装甲すらもバラバラにされてしまうのだ。
「残りを仕留めます!」
“赤竜”が踊る。剣舞を踊る。殺戮を彩り、血で賑わせ、悲鳴に歌う。
「クリア」
「クリア」
そして、倉庫にいたラザロの部隊は壊滅した。
今やスクラップと死体が転がるのみ。
「さて、これで分かったことはありますか?」
「もちろん。情報漏洩はさらに絞り込めた。もう少しですね」
ファティマが尋ねるのにエルダーがそう答える。
「お姉さん。ゲヘナ軍政府の通信を傍受してる。彼らの憲兵部隊がこっちに向かっているよ。その、だから、逃げた方がいいと思う……」
「了解です。エルダーさん、どうやらゲヘナ軍政府の憲兵部隊が見送ってくれるそうですが、私としてはここはお断りした方がいいかと」
サマエルの報告にすぐさまファティマがエルダーに進言。
「私もそう思うよ。逃げよう。迅速に」
「乗れ。逃げるぞ」
エルダーが言ってマムルークがステーションワゴンの運転席に飛び込む。
「サマエルちゃん。逃げましょう!」
「うん」
ファティマはサマエルの手を取り、ステーションワゴンに乗車。
「出すぞ」
そして、マムルークがアクセルを全開にする。
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