フィルビーの憂鬱//ドラッグ・コネクション
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──フィルビーの憂鬱//ドラッグ・コネクション
「おはよう、ファティマさん、サマエルさん。朝食を一緒にどうかな?」
「では、喜んで」
翌朝、エルダーがマムルークを連れて現れ、ファティマたちを朝食の席に誘ってきた。ファティマはもちろんとそれに応じる。
そして、かつてアメリカ大使館で晩餐会などが開かれていた食堂にファティマたちは通された。その内装は豪華なもので、それでいて成金特有の趣味の悪さはなく、上品に整えられている。
朝食はほどよく温められたクロワッサンとバターの香りが香ばしいオムレツ、カリカリに焼いてあるベーコン。そして、新鮮なフルーツであった。
ファティマには砂糖もミルクもないエスプレッソ。サマエルにはミルクだ。
「今日の取引はやや込み入っているので事前にある程度説明しておきたいと思います。とは言え、核心については明らかにできませんが」
「分かっています。仕事に必要な情報だけで構いません」
エルダーが言うのにファティマがそう言って頷く。
「まず重要なのは取引相手は今回はフォー・ホースメンではないということ。相手はゲヘナ軍政府です。その支配地域で取引を行います」
「なるほど。リスクが高いですね。取引相手は汚職軍人というところでしょうか」
「それについては追々」
ファティマの推測にエルダーは明白には答えなかった。
「流石に我々のような犯罪組織が堂々とゲヘナ軍政府支配地域に乗り込むわけにはいきませんので偽装が必要になります。それでバレなければ幸いですが、絶対に隠し通せると考えるのも楽観が過ぎるでしょう」
「いざという場合は私とサマエルちゃんがやりましょう。それまでは隠密がオプションとなることは分かりました」
「いやはや。説明の手間が省けて助かりますよ。いつもあなたのような察しのいい相手が仕事の相手であると嬉しいのですがね」
「お褒め頂き光栄」
エルダーがおだてるがファティマは舞い上がりはしない。彼女は自分に対する高い評価は当然得られると思っているのだ。
「ここでひとつお教えしておきますが、別にゲヘナ軍政府に就労施設として認められているのはゲヘナ軍政府支配地域にあるエデン系列の企業だけではないのです」
「それは初耳ですが、その会社をまさか偽装に使うと?」
「ええ。グリゴリ戦線などはいくつもの企業を有しており、我々も噛んでいます。利益があるのかと言えば微妙ですが、法律上シロであることから使い道はいろいろと」
ゲヘナ軍政府支配地域はフォー・ホースメンに次ぐ広さである。だが、それでも地球の大部分がテリオン粒子によって汚染され縮小した生存圏は酷く狭い。
そのため自分たちの支配地域以外にも企業の存在を認めなければならなかった。
「ひとつ重要なのはゲヘナ軍政府支配地域にその手の車両が入る際にはトレーサードッグによる検査を受けるということです。その意味はお分かりですね?」
「銃火器の類は持ち込めない、と」
「そうです。その手の代物があればせっかくの偽装も無意味になってしまいます」
トレーサードッグは爆発物探知犬の嗅覚と分析能力を備えたものもあり、拳銃弾の僅かな量の火薬でも探知されてしまう。
「私には戦う方法はありますが、他の護衛はどうします? というよりも、マムルークさんはどのように?」
「私には私の戦い方がある。心配される必要はない」
銃火器がなくともファティマにはサマエルからもらった“赤竜”などがある。だが、エルダーを護衛するマムルークは心配していないところを見るに魔術師なのだろうか?
「彼女については心配ご無用。彼女は何度もこの手の仕事を請け負って、達成していますからね。ただ、彼女だけでは厳しい場面もあると考え、あなたに仕事を依頼したいのです、ファティマさん」
「了解です。お任せください」
「頼りにしていますよ。では、2時間後に出発です。まずは商品の受け取りに」
それからファティマたちは朝食を終え、ソドムの拠点にトレーサードッグで探知される銃火器の類を残し、ソドムの拠点に準備されたステーションワゴンに乗り込む。使うのは防弾仕様の車両だ。
「ちなみに何を取引するか聞いてもよろしいですか?」
「またドラッグですよ。餌にするのはもってこいなので。前回扱った高度軍用グレードのものとは違って副作用が少なく、安価なグリーンステイシスというドラッグを取引します。聞いたことは?」
「あいにくないですね」
「それは結構。売人でもないのにドラッグについて知ってるのは憲兵かジャンキーだけですから。私はこの手の仕事ではどっちもお断りです」
ファティマの返答にエルダーがそう満足して返した。
「出すぞ」
そして、マムルークが運転するステーションワゴンで拠点を出発。
「しかし、今回はかなり際どいですね。動員するのは4名のみで、それでいてゲヘナ軍政府支配地域で非合法な品をやり取りするというのは」
「その分報酬はお支払いしますよ。そうですね。前回の取引分とまとめて1500万クレジットでどうです?」
「その羽振りの良さが余計にリスクを意識させてしまってますよ」
「あなたとマムルークには戦えない私を守ってもらわなければいけないので」
ため息を吐くファティマにエルダーがそう笑った。
「用心しておけ。もうグリゴリ戦線の縄張りだ。連中は部下に強盗を許している節がある。友好勢力相手だろうと」
「数が多ければ敵に勝てるのは戦争の常識ですが、その巨大な軍隊をどう維持するかはずっと将軍たちの頭を悩ませていた。略奪を許可するのは結局のところ兵站と士気の維持における思考停止ですよ」
「ご高説どうも、インテリさん。その知識が詰まった脳みそに連中は銃を持っていて私たちは持っていないということを刻んでおけよ」
「だから、君がいるんだろう?」
マムルークが愚痴るようにいうがエルダーは気にした様子がない。
「相手がグリゴリ戦線の構成員の場合の交戦規定は?」
「民間軍事会社の連中がよく使う奴だ。射撃自由、生存者ゼロ」
「いいんですか? やるほうとしては助かりますが、そちらとしては関係の悪化など懸念すべきことがあるのでは?」
エルダーがばっさりと告げるのをファティマが注意深く問いを重ねた。
「向こうが仕掛けてきたら向こうが悪いんですよ。自衛することは悪いことではないし、グリゴリ戦線は全ての構成員に無償の愛を与えているわけでもないのです」
「そうですか。では、その通りに」
とは言え、以前の仕事で一緒に戦ったグリゴリ戦線の構成員たちを簡単に殺せるほどファティマは薄情ではなかったし、銃を持った無数のグリゴリ戦線を下手に刺激したくもなかった。
「お姉さん。通信は妨害できるよ。グリゴリ戦線のものも」
「では、お願いします」
今はグリゴリ戦線の略奪を企てる輩に遭遇しないに越したことはない。通信を妨害し、敵による位置把握を困難にしておくべきだろう。
「お前がやらないなら私がやるから安心しろ」
そんなファティマにマムルークがそう言った。
「できればお任せしたいですね」
これからもソドムという組織に所属し続けるだろうエルダーとマムルークと違い、ファティマはグリゴリ戦線の支持を得る必要がある。
構成員を殺してそれが得られると考えるほどファティマは馬鹿ではない。
「言った傍からみたいだな」
マムルークがそう言った時、道路の前方にCR-47自動小銃で武装したグリゴリ戦線の構成員と思しき人間が4名現れた。
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