アングルトンの狂気//フォー・ホースメン
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──アングルトンの狂気//フォー・ホースメン
「クリア!」
隊列を襲撃した所属不明の空中機動部隊は全滅した。
アーマードスーツ、強化外骨格、パワード・リフト輸送機の残骸が、かつて高速道路として機能していた高架道路に広がっている。
「なかなかの腕前だね、ファティマさん。妹のデフネが気に入ったのも分かるよ。あの子が好きそうな感じじゃないか」
そこでマムルークに守られたエルダーがファティマの方にやって来た。
「評価していただければ幸いです。しかし、見事に情報漏洩が起きたようですよ?」
「こいつらはラザロだ。やはりといった具合だがね。ゲヘナ軍政府憲兵監部へのテコ入れと同時に我々を取り締まろうとしているようだ。MAGとジェリコを押しのけ、そういう契約を勝ち取った、か」
エルダーが襲撃者たちの死体を見て呟く。
死体の強化外骨格の装甲にはラザロのロゴだ。
「いずれにせよ、これで潜入工作員について絞り込めたよ。後もう少しばかり似たようなことをしなければならないがね。お付き合いいただけるかな、ファティマさん、サマエルさん?」
「ええ。もちろんです」
ファティマはエルダーの提案にサムズアップして返す。
「とりあえずはこの荷物をお客様に届けるとしましょう。あなたのおかげで無事に届けられそうなので無駄にはできません」
「了解」
それから再び車列が出発し、フォー・ホースメン支配地域を目指した。ファティマは再びの襲撃に備えたものの、車列は特に妨害を受けることなくフォー・ホースメン支配地域に入った。
「ここまで来れば大丈夫でしょうが」
念のためにファティマは警戒を維持したが、車列はフォー・ホースメンとの取引場所に到着。
「あら。ファティマ?」
「グレースさん?」
取引先にいたのはフォー・ホースメンの補給担当の将校とその護衛、そしてバーゲスト・アサルトの指揮官グレースだった。
「取引の護衛ですか?」
「そんなところね。あなたは今日はソドムに雇われてるの?」
「ええ。こっちも護衛です」
「エルダーからの仕事?」
「お知合いですか?」
グレースの口からエルダーの名が出るのにファティマが首を傾げる。
「やあ、少佐。君のためのキャンディーを持ってきたよ」
「久しぶりね、エルダー。ファティマさんはどうだった?」
「私は戦闘に関しては全くの素人だが、君たちが高く評価する理由が理解できたよ」
どうやらグレースとエルダーは知り合いらしい。
「マムルークも一緒ね。久しぶり」
「ああ。久しぶりだな、グレース」
マムルークにもグレースは気軽に声をかけていた。
「マムルーク、ミアがあなたのことを心配してたけど」
「そうか。だが、今は仕事の最中だ。顔は出せない」
「そう」
マムルークが首を横に振り、グレースはただ肩をすくめる。
「では、取引を確認したいのですが、エルダーさん」
「ああ。注文通りの商品を運んできた。確認してほしい」
「失礼します」
補給担当の将校がトラックの積み荷を確認し始めた。
「メティス・メディカル製コンサイレント-3CA向精神薬……」
中身とIDを確認して補給将校がエルダーたちが自分たちが注文した商品を届けて来たことを確認していく。
「オーケーです。代金をそちらに。既に半額は前払いしていますね」
「入金を確認しました。いい取引ができましたね」
「またお願いします」
始終ビジネスとして取引が進み、トラブルもなく終わった。
「少佐。我々はここに来るまでで襲撃を受けた。ラザロだ。事前にお願いしておいた調査の方はどうだろうか?」
「こちらで取引に関わっている人間は全員シロだと確認できている。こっちのせいではない。それは断言できると公安も言っているけど」
「そうか。では、やはりこちらのミスだな。すまない。迷惑をかけた」
「気にしないで」
グレースはそう言い、エルダーたちが運んできた小型コンテナを開けると中から購入した向精神薬を取り出す。そして、無造作に6錠ばかり口に放り込んでそのままキャンディーのように噛み砕いた。
「え? それ、高度軍用グレードの向精神薬ですよ……?」
「まあ、私にとってはラムネみたいなものだから」
「はあ……」
グレースは全く気にせず、かつ向精神薬の効果が現れたようにも見えない。
「行きましょうか、ファティマさん。とりあえず、この取引は終了です」
「了解」
フォー・ホースメンとの取引を終えたエルダーたちはファティマを連れて取引場所であった基地を去る。帰り道でも襲撃に備えてファティマは警戒していたが、やはり襲撃される様子はなかった。
そして、そのままソドムの拠点にファティマたちは戻ったのだ。
「フォー・ホースメンが取引相手だったんですね」
「ええ。考えなければいけないのはこちらからの情報漏洩だけでなく、取引相手からの情報漏洩も考えられます。故にその手の可能性をちゃんと潰せる相手が必要だったのです。その点フォー・ホースメンは問題ない」
「彼らはしっかりとした規律がありますからね。下手をすると汚職が蔓延しているゲヘナ軍政府より」
「その通り。ご理解いただけて助かります」
ファティマの推測にエルダーが頷く。
「しかし、絞り込みは続けるのですよね? 次の取引はいつです?」
「明日、です。迅速に包囲を狭めたい。既に取引の情報は流してありますから、動きはあるはずです。今回の取引で絞り込んだ容疑者をさらに絞り込む」
この手の内通者探しは水漏れを確認するのと同じだ。それぞれの疑わしいパイプに水を流してみることで確認する。
この場合、水の代わりに流すのは情報で、それを流す人間を限定していくことで内通者を突き止めるというわけだ。
情報を握れるということはそれなりの地位にあるわけなので、いきなり容疑者を拘束して拷問するという方法は使えない。
「今日はここに泊られるといいでしょう。こちらでおもてなししますよ。そして、明日はお願いします」
「了解です」
エルダーがソドムの構成員に指示し、ファティマたちが拠点で宿泊できるように準備を整えさせた。
「ふう。ご苦労様でした、サマエルちゃん。明日も頑張りましょうね!」
「うん。お姉さんと一緒にいると自分が必要にされてるって思えて、凄く嬉しい……」
ファティマがエルダーによって準備された客室のベッドに腰かけてそう言い、サマエルもファティマの隣に座ってぎこちなく微笑んだ。
「もちろん私にはサマエルちゃんが必要です。本当のことですよ。ふたりだけの仲間なんですから助け合わないといけません。どちらか一方に依存するのではなく、お互いがお互いを必要とするのが健全な関係です」
「でも、それだとボクはお姉さんに頼りすぎなんじゃないかな……? お姉さんの負担になっていたら、いやだな……」
「そんなことはありません! 私にとってサマエルちゃんはとっても大事です。負担になどなっていませんよ」
ファティマは心配そうにするサマエルの手を握り、その赤い瞳を見つめてそう言った。ファティマの黄金の瞳がサマエルを見つめる。
「あなたが私を思ってくれる時、私もあなたを同じだけ思っていると認識してください。私たちは戦友です。ともに死地を戦い抜いた仲間です」
「お姉さん。嬉しい、嬉しいよ……」
サマエルはただただ嬉しそうに微笑んでいた。
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