アングルトンの狂気//最初の取引
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──アングルトンの狂気//最初の取引
「高度軍用グレードの向精神薬なんてそう簡単には出回らないと思うのですが」
エデン統合軍や民間軍事会社では戦闘におけるストレスを緩和するために兵士たちに向精神薬を配布することで知られている。
高度軍用グレードになれば一発で死にかけの状態の老人が18歳の青年以上の気力を発揮するようになる。もちろん、その反動や依存性は存在するが。
「その通り。であるからこそ、敵はこの取引に注目するのです。餌に魅力がなければ魚は釣れないものですよ」
エルダーはそう言って小さく笑った。
「止まれ!」
それからマムルークが運転するタイパン四輪駆動車はソドムが有する倉庫のひとつへと入り、警備に当たっているソドムの武装構成員の誰何を受ける。
「マムルークだ。エルダーの護衛をしている。彼の仕事絡みだ」
「ああ。マムルーク、あんたか。話は聞いている。エルサ―の旦那に車列はいつでも編成できるって伝えておいてくれ」
「分かった」
ソドムの武装構成員がマムルークにそう言ってタイパン四輪駆動車を通した。
「エルダー。本当に商品を運ぶのか?」
「そうだよ。多少の損害は覚悟の上だ。これから内通者によって生じる損害と今回の作戦で受ける損害を天秤にかければ簡単な話となる」
「そうか。確認するが私がお前と交わしている契約はお前の身辺警護だけだ。商品の安全までは知らないぞ」
「分かっているよ、マムルーク」
マムルークが言うのにエルダーは肩をすくめる。
そして、マムルークがタイパン四輪駆動車を走らせ、倉庫の駐車場で車列を編成しているソドムの構成員たちと合流した。
「エルダーの旦那。車列の準備、できてますよ。商品も積み込みました。けど、ちょっと護衛が少なくないですか?」
エルダーが姿を見せると車列を指揮するソドムの武装構成員がそう問題を指摘してきた。
商品を運ぶと思われる装甲化された軍用トラックは5台だが、その軍用トラックの護衛についているHMG-50重機関銃を無人銃座にマウントしたタイパン四輪駆動車は1台だけだ。武装構成員も4名だけ。
「問題ない。助っ人がいるからね。例のフォー・ホースメンの傭兵さんだ」
「本当ですか? あのMAGじゃジェリコを相手に大暴れしたっていう?」
「そうだ。さあ、ファティマ・アルハザードさんを諸君に紹介しよう」
エルダーがそう言ってファティマに前に出るように促した。
「どうもです! この度はお世話になります。無事に仕事を達成しましょう。傭兵としてお手伝いしますので」
「おお。117式強化外骨格を装備してるなんてやっぱり噂は本当なんだな。こいつは凄いですね、エルダーの旦那!」
どうやらソドムは割と身内には優しい組織らしく、既に身内認定のファティマに他のソドムの構成員たちはフレンドリーだ。
「さあ、車列を出す準備をしてくれ。ファティマさん、あなたには先頭の車両を受け持ってもらえるかな? 私とマムルークは後ろからついていくよ」
「了解です。行きましょう、サマエルちゃん」
ファティマはエルダーに指示され車列の先頭車両を務めるタイパン四輪駆動車に向かった。
「いいのか? お前の身を守らせるために雇ったと思っていたのだが」
「まずは君が見極める必要があるだろう、マムルーク。気の合わない人間とはなるべく組みたくないと言っていたのは君じゃないか」
「ここで私の我がままを聞くのか。随分余裕だな」
「これで死んだら笑った後に骨を拾ってくれ。行こう」
エルダーが指示を出して車列が発車。
車列は荒れた道をフォー・ホースメンの支配地域に向けて進む。
「取引相手はフォー・ホースメンですか。まあ、グリゴリ戦線にはドラッグは必要なさそうではありましたが」
グリゴリ戦線の洗脳された兵士たちに向精神薬は必要あるまい。
「傭兵さん。何かあったらよろしく頼むぜ。俺たちも戦うけどフォー・ホースメンの連中と違って本業じゃねえからな」
「お任せを!」
ソドムの構成員がそう言うのにファティマが胸を叩く。
「サマエルちゃん。頼りにしてますよ。早速ですが通信傍受をお願いします」
「うん。分かったよ、お姉さん」
サマエルが付近のゲヘナ軍政府関係の通信傍受を開始。
そこから傍受された通信がファティマに転送されてくる。
「今のところは明白なこちらの動きに警戒した動きはないようですが」
傍受した情報をファティマが解析して結論した。
その間にも車列は進み続け、フォー・ホースメンの支配地域に近づいていく。今はまだ緩衝地帯だが、それはいつでも民間軍事会社が手を出せるということを意味する。
「なあ、傭兵さん。タバコ吸うかい?」
「いえ。タバコは結構です」
「じゃあ、甘いものは? 俺も正直タバコは吸わないんだ。賄賂代わりに持ってるだけでな。チョコレートの美味いのがあるぞ」
「ああ。それはいいですね。いただきます」
「そっちのちびっ子と食べな」
ソドムの武装構成員がちょっと高級な板チョコをファティマたちに渡す。前にファティマが食べた不味い謎のブランドのチョコレートではない。
「サマエルちゃん、どうぞ」
「ありがとう、お姉さん」
美味しいカカオの風味がする板チョコをファティマがサマエルと分け合った。
だが、のんびりしてもいられないのはすぐに分かった。
『カウボーイ・ゼロ・ワンより本部。ユリカモメが目標を捉えた。現在、ユリカモメの情報に従って目標に向かっている』
「おっと。これは来ましたね」
傍受していた高度軍用通信に物騒な文言が流れる。
「サマエルちゃん。近くにいる成層圏プラットフォームを確認してください」
「うん」
ユリカモメというのはエデン統合軍が運用する成層圏プラットフォームだ。
戦略級ドローンでもあるがエデンの基地からの電波送信と太陽光発電で半永久的に飛び続け、通常の熱光学センサーの他に合成開口レーダーなども備えた偵察衛星に近い運用をされているものである。
「この近くを飛んでる。ユリカモメ・ツリー・ワンってコールサインのもの。攻撃が近いのかな……?」
サマエルが確認したがこの空域をそのユリカモメが飛行している。
「ええ。そのようですね。攻撃に備えてください! 敵に把握されています!」
「何だって。クソ、マジかよ」
ファティマが警告を発し、ソドムの武装構成員たちがカービン仕様のCR-47自動小銃のチャンバーに初弾を装填した。一斉に戦闘準備を始める。
「こちらエコー・ゼロ・ワンよりエコー・ワン・ワン! 敵襲に備えろ!」
『クソ、了解』
さらにソドムの武装構成員が無線に向けて叫び、後方のエルダーの乗った車両にいる部隊が警戒態勢に入った。
『カウボーイ・ゼロ・ワンより総員。目標を偵察妖精が確認。降下準備!』
「来ますよ! 偵察妖精が既に上空にいます! 迎撃します!」
無線の情報からファティマは空を見上げ、ZEUSでスキャン。
「いましたね、偵察妖精。“赤竜”!」
車列を見渡せる位置に偵察妖精が飛行しているのをファティマが見つけ、展開した“赤竜”の刃を叩き込んだ。
それによって敵の戦術級偵察妖精が撃破される。
『クソ。気づかれてるぞ。上空援護機による攻撃から始める。車列の護衛から排除しろ。やれ!』
「おっと。やらせませんよ!」
敵の姿がファティマにも見えた。パワード・リフト攻撃機である対反乱作戦用機体であるオウル攻撃機2機が低空で接近し、ロケット弾の照準をファティマたちの車両に向けて定めている。
『スプリット・ゼロ・ワンよりスプリット・ゼロ・ツー! 射撃開始、射撃開始!』
そして口径70ミリロケット弾が無数に飛来。
「インターセプト!」
しかし、ファティマがクラウンシールドによってそれらをインターセプトし、空中で激しい爆発が生じる。炎の雨だ。
「ほう。これは凄いな。デフネが気に入るのも納得だ」
「のんきなこと言ってないで頭を下げろ、エルダー。撃たれたいのか?」
「それは困るな」
マムルークがCQB仕様のMTAR-89自動小銃を構えながらエルダーの身をタイパン四輪駆動車のシートに低く押さえ、庇うような位置についた。
『迎撃された!?』
『アクティブ防護システムか。機関砲で攻撃を行う。スプリット・ゼロ・ツー、我に続け!』
2機のオウル攻撃機はファティマたちの確実な殺害のために接近してくる。
「た、頼むぜ、傭兵さん!」
「オーケー! やってやりましょう!」
ソドムの武装構成員が叫ぶのにファティマがにやりと笑った。
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