アングルトンの狂気//アナウンス
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──アングルトンの狂気//アナウンス
ファティマたちがグリゴリ戦線での仕事を終えてから3日。
グリゴリ戦線から連絡はない。フォー・ホースメンからも。
だが、ひとつ連絡があった。ソドムだ。
「ソドムから仕事を斡旋するので会いたいという連絡を受けました。これを受けようと思うので、今からソドムの拠点に向かいますよ」
「うん」
ファティマとサマエルはソドムの拠点へと向かう。
まずフォー・ホースメン支配地域でタクシーに乗って、それからソドム支配地域に向けて走り、ソドムの縄張りに到着。さらにソドムの拠点であり司令部である旧アメリカ大使館へと向かう。
「止まれ。何の用だ?」
「ファティマ・アルハザードです。仕事の件で呼ばれましたので来ました。確認してください」
「オーケー。生体認証だ」
ソドムの武装構成員がZEUSでファティマとサマエルを生体認証する。
「確認した。ゲートを開け!」
拠点を守るゲートが開かれ、ファティマたちが拠点へと通された。
「さてさて、どんな仕事でしょうね」
生体認証と同時に渡された拡張現実で表示される経路案内に従ってファティマとサマエルは拠点内を進み、アヤズの執務室に向かう。
『お客様。どのような御用でしょうか?』
アヤズの執務室の前の扉に設置された案内ボットがZEUSの拡張現実を通じて訪問の理由を尋ねて来た。
「仕事についてです。入室許可を申請します」
『照合中。照合完了。どうぞお通りください』
そして、扉のロックが解除されて扉が開く。
「失礼します!」
ファティマたちがアヤズの執務室に入室する。
しかし、執務室にアヤズはおらず、デフネもいない。
「やあ。初めまして、お嬢さん」
いたのは2名のファティマが知らない男女だ。
高級なブランド品ビジネススーツ姿を纏い、腰にHW57自動拳銃を収めたホルスターを下げている30代中ごろのほどの男性。
そして、黒のタンクトップとイニェチェリ大隊と同じ戦闘服、ゲヘナの住民にしては珍しいT-4201強化外骨格を装備した長身で20代中ごろの女性。
男の方は人工的に染めている青い髪をオールバックにしており、髭は綺麗に剃っている。身長は180センチ程度で細身。きっちりとしたエデンであっても通じるだろう高級感のあるが嫌味ではないビジネススタイルだ。
その男がファティマの方を見て歩み寄って来た。
「初めまして。失礼ですが、どなたでしょう?」
「ああ。これは失礼。私はエルダー・コルクマズ。ボス・アヤズの息子。今回の仕事は私からの依頼です。この仕事はあなたに任せるほかないのです。是非とも受けていただきたい」
男はエルダーと自己紹介し、仕事について話す。
「では、どのような仕事かお聞きしてもよろしいですか、エルダーさん?」
「あなた自身も巻き込まれたのでご承知でしょうが、グリゴリ戦線との武器取引に民間軍事会社のひとつであるラザロが介入しました。情報漏洩はグリゴリ戦線側からと報告を受けています」
「ええ。そちらについてはグリゴリ戦線が処理をしているようです」
エルダーが持ち出した話は以前のソドムとグリゴリ戦線の取引についてだった。ゲヘナ軍政府と契約し、汚職軍人の摘発を始めたという民間軍事会社ラザロ・エグゼクティブが介入した案件。
「本当に全てがグリゴリ戦線の失態と断言できるならば安心できるのですが、どうもそうではないようでしてね。実に困ったことに我々ソドムの側からも情報が漏洩した可能性があるのです」
「ふむ? つまり、これから潜伏工作員狩りですか?」
「話が早くて助かります、ファティマさん。流石はバビロニア魔術科大学を首席で卒業されただけはある。そう、まさにその通り。ちょっとした人員整理を行わなければなりません。慎重にね」
ファティマが述べるのにエルダーが笑みを浮かべて頷く。
「我々はこれから何名かに絞った容疑者をさらに絞り込みます。そのために意図して情報を流し、その流れを追うこととなります。あなたにはこれから行われる情報の漏洩に伴う取引の護衛をお願いしたいのです」
「了解です。敵が動くほど価値がある取引を演じるならばそれなりにリスクにもなりますね。具体的な取引の内容は決まっているのですか? それからデフネさんのような戦闘部隊が加わるかを教えていただけたら」
「取引内容はあなたにも明かせません。こういうゲームの情報はひとりが握っておかなければ、それこそどこから漏洩したのか分からなくなる。そういう意味でデフネも参加しません。あなたとそこにいるマムルーク頼みです」
エルダーはそう言って部屋にいた女性を紹介した。
女性はファティマより濃い褐色の肌をしており、黒い髪は飾り気のないウルフヘアにしている。瞳はブラウンに見えたが、よく見ると右目は機械化されていた。人工的なガラスの輝きが浮かんでいる。
さらに右目の付近に火傷の跡、頬に銃弾の跡。そのような痛々しい傷が多いが、治療はしているようだ。
かなり鍛えられていることの分かる体は長身で190センチとエルダーより大柄。
彼女がマムルークというらしい。
「よろしくな、新人」
「ええ。よろしく願いします、マムルークさん」
マムルークが右手を振ったことで分かったが、彼女は右腕も機械化している。動かした際に金属音と人工筋肉の作動音が響いたのだ。
「では、早速ですが仕事の契約を。報酬の半分は前払いです。仕事の都合上、こちらの果たす役割が大きいので」
「それは助かります。信頼の証拠だと受け取らせていただきますよ」
「ええ、ええ。そう受け取っていただければ幸い」
エルダーはそう言ってファティマのZEUSに契約書を送信した。
ファティマが契約書を読んでサインして送り返すと、すぐさまエルダーから報酬の半額である200万クレジットが端末に振り込まれる。
「それでは仕事を始めましょう。付いて来てください」
「了解」
マムルークが先頭に立って進み、エルダーが彼女とファティマに守られる形で拠点を出た。拠点の駐車場には非武装のタイパン四輪駆動車が停車してあり、マムルークが運転席に乗り込んだのでファティマは助手席に乗り込む。
「私はこうして武器を下げていますが、撃ったことは一度もありませんし、撃って当たるとも思っていません。なので、その手の仕事は完全にそちらにお任せします。よろしいですね?」
「もちろんです。私も傭兵ですから、それが仕事です」
エルダーの下げているHW57自動拳銃は飾りらしい。
「ですが、せめてこれからどこに向かうかぐらいは聞いてもいいですか?」
「倉庫です。これから取引する商品を受け取り、車列を編成するために。この取引を知っている人間は限定されており、この取引が襲撃されれば情報を漏洩させている人間が幾分か絞れます」
「ふむ。取引相手はまだ内緒、ですか」
「取引する商品だけなら教えられます。向精神薬です。高度軍用グレードの」
「ほう」
エルダーが述べるのにファティマがそう呟いた。
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