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自宅のような仮住まいにて

……………………


 ──自宅のような仮住まいにて



 グリゴリ戦線での仕事(ビズ)が終わり、ファティマとサマエルはフォー・ホースメン支配地域にある兵舎へと帰った。


「幾分か銃弾の損耗がありますが問題はないでしょう。それからスローモーデバイスのインストールを忘れずにカーター先生にお願いしないといけないですね」


 ファティマは一段落というようにベッドに腰かけて、ZEUSのアプリからToDoリストを作成していく。この手のスケジュール管理もZEUSはやってくれるのだ。


「あの、お姉さん。ちょっといいかな……?」


「どうしました、サマエルちゃん?」


 そこでスケジュールを作成しているファティマにサマエルがおどおどと話しかけて来た。何やら不安そうなのが表情や挙動に現れている。


「お姉さんはシシーリアさんの申し出を受けるつもりは、あるのかな?」


「申し出と言うとお付き合いの話ですか?」


「う、うん。それだけど……どうなのかな?」


 ファティマが尋ね返すのにサマエルが頷いて赤い瞳でファティマを見つめた。


「正直、今はそんなことをしている場合ではないと思うのです。統一勢力が成立したらという前提でシシーリアさんも言っておられましたし。今はまだそういうのは全然成立してないじゃないですか」


 ファティマがそう言って唸る。


「それにシシーリアさんは下心が丸見えです。明らかに私を利用したいのが見えてるじゃないですか。まあ、指導者として自分の組織の利益のために自分すらも利用するのはあっぱれと言うべきなのでしょうが」


「じゃあ、シシーリアさんの申し出は断るの、かな?」


「今のところは考えてないですね。今は色恋より生存と逆襲ですよ。そっちの方にバイタリティが向けられています!」


「そ、そっか。うん。そっか……」


 そのファティマの返答にサマエルが少し安心したような様子を見せた。


「サマエルちゃん。一緒に頑張りましょうね。今、絶対に自分たちの味方だと言えるのはお互いに私とサマエルちゃんだけです。バーロウ大佐、アヤズさん、シシーリアさんはそれぞれの勢力の利益を優先しますから」


「うん。一緒に頑張ろう、お姉さん」


 ファティマが信頼の視線をサマエルに向けるのにサマエルはぎこちなく微笑んだ。


「でも、お姉さん。スローモーデバイスってまた体に手術をして入れるの……?」


「そうですね。リーンフォースデバイスに組み込みものですから、そうなります。これによってより効率よく戦うことができますから。でも、特に身体に有害なものではないのですよ?」


 ファティマはそう言って心配そうなサマエルを安心させるために説明を始めた。


 まずファティマはサマエルの手を握る。


「こうしてサマエルちゃんの手を認識して、それを握ろうと思って手を伸ばしたとき、それはすぐには実行できていないのです。神経伝達は基本的に電気信号であり、電気信号の伝達にはラグがあります」


「そうなんだね」


「ええ。それからサマエルちゃんの手を見てその位置を把握するということにも人間には思った以上にラグが生じているのです。スローモーデバイスが行うのは神経伝達の加速と脳機能の強化。この2点です」


 2本指を立ててファティマがそう語った。


「脳機能の強化には感覚器の得た情報を分析する機能を強化するだけではなく、人間が感じる体感時間を操作する効果もあります。これらによって何倍もの反射神経が発揮され、戦闘が優位に進むのです。便利でしょう?」


「でも、それで体に負担とかはないのかな? だって、いろいろと無理をするとどんなものでも壊れてしまうし……」


「ええ。もちろん使い過ぎは推奨されていません。一定以上の使用は健康へのリスクがあることが報告されています。私も常用はしませんよ。いざというときだけです」


「そうした方がいいよ、絶対に。うん」


 サマエルはファティマの手を握り返して頷いた。


「サマエルちゃんは本当に私のことを心配してくれますね。嬉しいですよ。こうして思ってくれる人がいるということは、とても。今まではどこにいこうと、ずっと試されるばかりでしたから」


「そうなんだ……。でも、ボクもお姉さんに思ってもらってるから、そうしたいんだ。お姉さんもボクのことを思ってくれているよね……?」


「もちろんですよ。約束しましたからね。私の親愛なる友人として、そして共に戦う戦友としてあなたのことを思っています。常に」


「ありがとう、お姉さん……。」


 ファティマの優しい笑みにサマエルも安堵の表情を浮かべる。


「でも、もしお姉さんに好きな人ができたら、ボクは捨てられちゃう……? ボクのことがいらなくなったりするのかな……?」


 しかし、サマエルはすぐに不安そうな表情に戻り、そう縋るように尋ねて来た。


「そんなことはありませんよ。友達を捨てるような不義理はしません。あなたと私はずっと一緒です。ちゃんと約束しますよ」


「お姉さん……」


 ファティマの言葉にサマエルの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。


「さて、今日はもうシャワーを浴びてから寝ましょう。今日はたくさん働いて疲れました。明日もまた忙しいでしょうから休んでおかないと」


「うん。そうしようね」


 ファティマたちはシャワーを浴びて汗と汚れを流し、温かいお湯で体を休ませると、清潔な衣服に着替えてベッドに潜り込んだ。


「おやすみなさい、サマエルちゃん」


「おやすみなさい、お姉さん」


 電気が消える。


 そして、ゲヘナの夜が流れ、ゲヘナの地平線に朝日が昇る。


 地平線には重度のテリオン粒子に汚染され、人類の生存圏ではなくなった土地が広がっているのだ。テリオン粒子汚染によって膨大な土地が放棄されてしまった。


「おはようございます、サマエルちゃん。って、まだ眠ってますね」


 ファティマはZEUSのアラームで起きたが、サマエルはまだ眠っている。


「朝食を作っておきましょう」


 ファティマは市場で買ったパンを切ってオーブンで温め、いくつかのドライフルーツを冷蔵庫から出し、ジャムやバターをテーブルに並べた。


 それからベーコンエッグを作り、朝から食欲を誘う香ばしい匂いを立てるそれを皿に盛る。皿も市場で揃えていたもので、ファティマとサマエルでお揃いのものを使っていた。猫の柄がついているものだ。


 マグカップも揃いのものでかつてアメリカ空軍が使っていたものらしく、エンブレムが刻まれたものだった。それにファティマがインスタントのコーヒーを注ぎ、砂糖とミルクをテーブルに置く。


「ん……。おはよう、お姉さん……」


「おはようございます、サマエルちゃん! 朝食ができていますよ」


「ありがとう。いただきます」


 ファティマと起きて来たサマエルがテーブルを囲み、朝食を食べる。


 ファティマはオーブンで温めたバゲットにバターを塗り、サマエルはブルーベリージャムを塗った。それからコーヒーをファティマはブラックで、サマエルは砂糖とミルクをたっぷり入れて飲む。


「ベーコンはいいものが手に入ったのですが、美味しいですね」


「うん。ボク、お姉さんが作ってくれる料理はとっても好きだよ」


「そう言ってくれると作り甲斐があります」


 穏やかに朝食を味わい、ファティマは今日一日を戦う活力を得る。


「今日はカーター先生のところに行って、スローモーデバイスをインストールしてもらいましょう。それから消耗品の調達などを済ませ、できれば新しい装備も手に入れたいですね。カスタムパーツやインプラントなど」


「市場を回ってみる?」


「そうしましょう」


 サマエルとファティマは今日の予定を決め、そしてまた1日を共に過ごすのだった。


……………………

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