レヴェルズ//苦い勝利
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──レヴェルズ//苦い勝利
ジェリコの機械化歩兵大隊を追い詰めるグリゴリ戦線とファティマ、サマエル。
「装甲兵員輸送車の制御権限を上書きしたよ、お姉さん。お姉さんが操れるようになった。後は自由に……」
「オーケーです。やってやりましょう!」
ファティマはサマエルがジャックした装甲兵員輸送車を使ってジェリコに対する攻撃を開始した。
「何をやってる!? 味方を攻撃してるぞ、馬鹿野郎!」
『制御権限を奪われた! クソ、ベトロニクスを焼き切って無力化する!』
ジャックされたTYPE300装甲兵員輸送車の乗員がテルミット焼夷弾で乗っ取られた制御系が収められているベトロニクスを破壊。操縦は不可能になったものの、これ以上味方を攻撃することは防いだ。
「今だ! 突撃しろ!」
「奴らを殺せ!」
しかし、それによってグリゴリ戦線の人海戦術を阻止することは不可能となった。
「本部、本部! 応答しろ! 頼む!」
「畜生! このままじゃ全滅だぞ!」
ジェリコの歩兵が必死に抵抗するものの数は倍以上に違うため、銃弾が尽き、手榴弾が尽き、抵抗のための手段がなくなっていく。
「シシーリア様! 敵を追い詰めました!」
最終的にジェリコの部隊は戦闘部隊も工兵部隊も一応設置していた建設基地へと追い詰められ、脱出することはできなくなった。
「では、殲滅しましょう。生かしておく理由はありません」
「了解。突入します!」
建設基地を包囲したグリゴリ戦線の兵士たちが一斉に建設基地に進む。
「降伏する!」
しかし、そこでジェリコの兵士たちが投降を始めた。武器を捨てたコントラクターたちが両手を上げて建設基地から出てくる。
「どうします?」
「殺してください。言ったように捕虜を取る必要もなければ予定もないのです」
「了解。射撃開始!」
投降したジェリコの兵士たちに向けてグリゴリ戦線が発砲を開始。
「クソ! 撃ちやがった!」
「伏せろ、伏せろ!」
しかし、もはや弾薬が尽きたジェリコは抵抗できず、そのまま皆殺しにされていく。
「一応は勝利というところでしょうか。しかし、あの自爆はちょっと……」
ファティマは虐殺されるジェリコの兵士たちを眉を歪めて見ながらシシーリアに向けてそう告げた。
「子供たちは我々グリゴリ戦線に加わらなければゲヘナ軍政府の課す強制労働でやせ衰え、奴隷として扱われ尊厳もなく死んでいったでしょう。ですが、彼らは飢えることもなく、人々にとって意味のある死を得ました」
「そう言えるかもしれませんね。一応は」
シシーリアの説明にファティマは完全に納得したわけではなかった。
「爆薬の設置を急いでください。工兵が装備していた重機と建造途中だった基地の設備を完全に破壊して撤退します。急いでください!」
「了解です!」
そして、グリゴリ戦線の兵士たちがシシーリアの命令に従って重機や建造物へと爆薬を設置し始めた。爆破作業は資格を持った将校が指揮し、監督している。
「お姉さん! ゲヘナ軍政府に動きがあるよ! 衛星でここの様子を把握したみたい! 何か大規模な部隊が派遣されてきてる!」
「シシーリアさん! 敵の増援が来ます! 作業を急いでください!」
サマエルの報告にファティマがすぐさま応じる。
「撤退の準備を! 車両部隊に連絡!」
「はい!」
シシーリアが命じ、後方で待機している軍用トラックからなる車両部隊が急いで現在地に向けて進出し始めた。その軍用トラックで撤退する予定になっている。
「敵の詳細は分かりませんか、サマエルさん?」
「えっと。クレイモア空中突撃旅団、って中央基地にID登録されているけど……」
「連中が……!」
サマエルの言葉にシシーリアがその表情を僅かに歪める。
「ダメですよ。ここで戦うべきではありません。分かっているとは思いますが」
「ええ。それは分かっています。私も大義のために義務を果たす覚悟をしてきたのですから。我がままや私情で動くことはしません。今は、まだ」
「そうしてください。いざというときは私とサマエルちゃんでどうにかします」
ファティマはシシーリアを説得しながら“赤竜”とクラウンシールドを展開させた状態を維持してパワード・リフト輸送機で接近しているクレイモア空中突撃旅団に備えた。
『ムサシより全部隊へ。グリゴリ戦線のイカれたクソ野郎どもが我々の進出予定地点に存在することを衛星が確認した。すぐさま展開し、連中を排除しろ。殺してこい!』
『了解、准将閣下』
クレイモア空中突撃旅団の通信が聞こえる。
「近づいてきています。車両は?」
「まもなくです。爆破を!」
ファティマが報告し、シシーリアが命令を出した。
「爆破!」
重機と建造物に仕掛けられた爆弾が炸裂し、拠点建造に必要な物資と装備が破壊され、ジェリコの行っていた作業が無に帰す。
「シシーリア様! 車両部隊が到着しました!」
「すぐに乗り込んでください! 急いで!」
軍用トラックが何台も列を作って現れ、グリゴリ戦線の兵士たちが駆け寄って、荷台に大急ぎで乗り込んでいった。
「シシーリア、迎えにきましたよ」
「イズラエル。来たのですね」
車両部隊の指揮を執っていたのはイズラエルだ。
「クレイモア空中突撃旅団が迫っています。逃げましょう」
「さあ、急いで。ファティマとサマエルも」
イズラエルの案内でシシーリア、ファティマ、サマエルは装甲化された指揮車に乗り込む。イズラエルも乗り込み、車がエンジン音を響かせた。
「出せ、出せ! 撤退だ!」
そして、車両部隊が一斉に撤退を開始。
荒れた道路をガタガタと揺れながらも疾走して大急ぎで逃げる。
「サマエルちゃん。敵はまだですね?」
「うん。まだだよ。まだ近づいていないよ」
「このまま逃げ切れるといいのですが」
「きっと大丈夫、だと思う……」
ファティマとサマエルが心配する中、車両部隊はクレイモア空中突撃旅団に制圧されつつある緩衝地帯を抜け、グリゴリ戦線の支配地域に入った。
「シシーリア様!」
「勝利を得たのですね!」
グリゴリ戦線の支配地域ではグリゴリ戦線の兵士たちが歓声を上げてシシーリアたち作戦に参加した兵士たちを出迎える。
「これで大丈夫でしょう。我々の勝利です」
「それでも犠牲は大きかったようですが、よかったので?」
動員された6000名の兵士たちのうち2500名近くが死傷している。凄まじい損害であることは明白だ。
「大丈夫です。我々の最大の長所は量にこそあるのですから。今も志願兵は絶えることなく、我々に加わっています。犠牲よりも勝利の知らせをゲヘナ市民は好むのです」
シシーリアは笑みを浮かべてそう言った。
「物量作戦ですか。確かにシンプルであるが故に失敗はしにくい手段ではありますね。しかし、量を活かすのにも技術が必要になりますよ」
「問題ありません。下士官と士官はフォー・ホースメンから訓練を受けています。我々は日中戦争や朝鮮戦争、インドシナ戦争などで展開された人海戦術を研究し、それが今も通用するように日々努力しています」
数の大きさは戦力に直結するものの、ただ数を増やせば勝てるという単純な話にはならない。ひとつの戦場で一度に投入できる戦力の規模は限定されるし、数が増えれば兵站や機動も大きな手間となるのだから。
「そうであれば私が言うことはなさそうです」
ファティマはそう返すのみだった。
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