レヴェルズ//出撃準備
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──レヴェルズ//出撃準備
「俺は大人と同じくらい勇気があるよ!」
「私も! シシーリア様!」
子供たちが手を上げてシシーリアに訴える。
「では、勇敢な子供たちは付いて来てください」
「はい!」
シシーリアは子供たちを引き連れてファティマを弾薬庫に案内した。
弾薬庫は地下にあり、かつてこの商業施設のテナントを借りていたレストランが冷凍食品を保管していた倉庫が改装されたものだ。
「ここが弾薬庫です。補給を済ませておいてください」
「はい」
ファティマは弾薬庫に入り、弾薬庫の管理者であるグリゴリ戦線の下士官からMTAR-89自動小銃用の口径7.62x35ミリ弾を受け取る。
あいにくグリゴリ戦線の財布事情のためか空中炸裂弾の類はなく、通常の徹甲弾があるのみだった。
「補給完了です」
「こちらも動員された部隊が集結しつつあります。行きましょう」
ファティマがシシーリアに再び合流し、シシーリアが子供たちを連れて進む。
「子供たちは置いていった方がいいのでは?」
「いいえ。彼らにも役割があります」
怪訝そうな表情をして小声でファティマがシシーリアに言うがシシーリアはそう返して首を横に振るのみだ。
「シシーリア。部隊が集まっています」
グリゴリ戦線の拠点になっている旧商業施設の駐車場にファティマたちが出るのにイズラエルが迎えてシシーリアに告げた。
「これが戦闘員の全員ですか?」
「いいえ。これでも我々の一部にすぎません」
駐車場には2個連隊規模──約6000人の兵士たちが集まっている。テクニカルなどの戦闘車両や古い軍用トラックなども集結していた。
しかし、2個連隊規模と言っても連隊という軍の部隊としての機能はない。連隊司令部を含む司令部機能は一切ないし、迫撃砲や重機関銃などの重火器も限定的だ。
「しかし、何と言いますか多様性豊富ですね……」
集まった兵士たちは成人で健康だと断言できる男女は5割に留まり、残りは老人や怪我人、あるいは12歳から15歳程度の子供であった。
彼らは揃いの軍服すらなく、かつて存在したハーグ陸戦規則で定められた交戦団体としての資格を得るための特殊標章として五芒星の描かれた腕章を身に着けているだけ。後は私服にタクティカルベスト程度の装備しかない。
だが、それでも全員がCR-47自動小銃で武装している。人は殺せる。
「フォー・ホースメンを見た後では頼りなく思われるかもしれませんが、我々はゲヘナの住民の抵抗運動なのです。ゲヘナの一部の住民の争いではなく、ゲヘナ全体における抵抗の象徴なのです」
「なるほどですね。ですが、本当にこれで戦えるのですか?」
「これまで戦ってきました。それが答えです」
ファティマの疑問にシシーリアは笑ってそう返した。
「皆さん! ノーブル基地にいた我々の同胞たちがゲヘナ軍政府によって虐殺されました。ゲヘナ軍政府は我々を絶滅させようと今も軍を進めています。このままではさらに大きな被害が出るでしょう」
シシーリアが集まった兵士たちに向けて演説を始める。
「同胞たちを救えるのは我々だけです。ともにこのゲヘナで生きる皆さんの家族、友人、戦友たちが生き残るためには我々が戦うしかないのです。我々は戦える。武器を取り、圧政者たちの残虐な軍隊を撃退できる!」
「おおっ!」
シシーリアの呼びかけにグリゴリ戦線の兵士たちがCR-47自動小銃を掲げて叫ぶ。
「戦いましょう。戦って勝利しましょう。たとえここにいる誰かが犠牲になろうとも他のものが敵の暴虐な兵士を殺します。母なる地球の大地を敵の血で満たし、圧政者を退けようではありませんか! 我々にはそれができるのですから!」
「殺せ! 殺せ! 圧政者を殺せ! ゲヘナ軍政府に死を!」
「そうです! 敵に死を! 我々に勝利を!」
「グリゴリ戦線万歳! シシーリア様万歳!」
ファティマは熱狂に包まれるグリゴリ戦線の兵士たちを見て少しばかり恐ろしくなっていた。彼らの装備は貧弱極まりなく、これがジェリコの戦闘部隊に突っ込むのは肉挽き器に向かって肉塊が突撃するようなものなのにと。
「では、出撃です!」
「出撃だ!」
シシーリアが命じ、グリゴリ戦線の兵士たちが軍用トラックやテクニカルに乗り込む。車両の中には旧式のガソリンエンジン車も混じっており、エンジンの音が響いた。
「行きましょう、ファティマさん、サマエルさん。こちらです」
シシーリアは一応装甲化された軍用トラックに乗り込んだ。
「これは指揮車、ですか?」
「ええ。まあ、正式な装備とは言い難いですが、一応」
トラックの中には旧式ながら通信機器や衛星からの情報を傍受する電子機器などが組み込まれており、移動可能な指揮所として機能するようになっていた。
「かなり不安になっておられますね?」
そこでシシーリアがファティマの方を向いて苦笑いを浮かべて尋ねる。
「やっぱり分かりますか?」
「ええ。顔を見れば。フォー・ホースメンやソドムに雇われ、彼らの立派な軍隊と仕事をやった後では私たちの軍隊は酷く脆弱なものに見えるでしょう」
「仕事そのものは達成する自信がありますが、これでは犠牲が多く出そうで心配になります」
「あなたは本当に優しい人なんですね、ファティマさん。今まで我々を支援してくれたフォー・ホースメンもソドムも我々の同胞が犠牲になることはまるで気にしなかったのに。あなたは彼らとは違ういい人なのでしょう」
「人が死ぬのを見て平気な人はあまりいませんよ。それも訓練され、装備を与えられた軍人ではなく、ほぼ一般市民のような人々が犠牲になるのは」
「ですが、ここではそれは日常の出来事に過ぎないのです」
ファティマの心配にシシーリアはそう返す。
「そして、我々グリゴリ戦線はフォー・ホースメンやソドムと同等に戦えるのです。我々は確かに正面から戦えば弱い存在かもしれません。ですが、歴史は弱者が戦う術を多く伝えてきました」
シシーリアがファティマにそう語り始めた。
「20世紀に植民地化された国々が起こした独立運動。ベトナム戦争やアフガニスタン戦争。弱者が常に強者に踏みにじられるだけの存在でないことを歴史は証明しています。そして、我々もそれを証明しています」
「ということはゲリラ戦、ですか?」
「ええ。我々は市民とともにある。それがどれだけ強力なことかはバビロニア魔術科大学を首席で卒業されたあなたには分かるでしょう。私たちグリゴリ戦線はゲヘナ軍政府に出血を強いています。それも少なくない血を」
ファティマの言葉にシシーリアが頷く。
「我々の攻撃による出血はゲヘナ軍政府に厭戦感情を与え、汚職軍人を生み出す。そして、その汚職軍人がフォー・ホースメンやソドムに与し、フォー・ホースメンとソドムは我々を支援する。そういうサイクルが完成しているのです」
「なるほど。直接的な攻撃だけでなく、リデル・ハートが言うところの間接的アプローチ戦略にもなっているわけですね。ですが、間接的アプローチ戦略だけで決定的な勝利を得るのは難しいのでは?」
「潜水艦による通商破壊や戦略爆撃機による戦略爆撃。確かにそれらは決定的な勝利に直接は関係していません。その通りです。しかし、我々は抵抗を続けなければならない。そうでなければ隷属させられる。これは理論の話ではありません」
「では、感情ですか」
シシーリアの言葉をファティマが短くそう評価した。
「理論だけでは説得できず、感情だけでは矛盾する。父の口癖でした。私たちの武器と兵士は弱い。ですが、戦い方はあるし、その心は決して屈しない。それが大事なのです」
そう告げたシシーリアはファティマから見ても立派な指導者に見えた。
ただ彼女が導く先が本当に勝利なのか、はたまた地獄なのかは分からない。
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