レヴェルズ//拠点
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──レヴェルズ//拠点
「ここが我々の拠点の、そのひとつです」
シシーリアがそう案内したのはかつて大型商業施設だった建物だ。
かつてここには様々な店がテナントを借りて店舗を開いていたが、今ではレーダー連動の高射機関砲や地対空ミサイルが防空コンプレックスを構築し、地上には機関銃陣地などが作られている。
「シシーリア様!」
「ああ! シシーリア様だ!」
グリゴリ戦線がフォー・ホースメンやソドムと明白に異なるのはそのふたつの組織が戦闘要員として成人でかつ健康な男女を使用してるのに対し、グリゴリ戦線はあらゆる人種を動員していることだ。
子供も、老人も、怪我人も区別なく戦闘任務についてる。
「皆さん。我々は今日勝利しました! ゲヘナ軍政府の民間軍事会社と裏切者たちを相手に勝利したのです! この勝利を胸に次の戦いに臨みましょう!」
「おおっ!」
そして、もうひとつの違いは組織としての形だろう。
フォー・ホースメンは民兵という軍隊として組織されバーロウ大佐は司令官としてその地位にある。ソドムは営利組織として組織されアヤズはビジネスにおける上司としてその地位にある。
対するグリゴリ戦線は宗教組織染みた気味の悪さがあったし、シシーリアを見る構成員たちの視線には宗教指導者に向けられる畏敬の感情が混じっていた。
「こちらへどうぞ、ファティマさん」
そんなシシーリアに連れられてファティマがグリゴリ戦線の拠点に入る。
拠点内は今は機能していない店舗が武器庫や野戦病院、あるいは居住区として使用されていた。そして、グリゴリ戦線の武装した兵士たちの他にも人間が存在していた。
「あれは……」
ファティマが見つけたのは明らかに戦闘が行えない幼い子供や老人、そして手足の欠損などの明らかな身体障碍を負った人々だ。
「さあ、ゆっくり食べて」
「ありがとう、ありがとう……」
それらの人々がかつてチェーンの喫茶店が入っていたテナントに並び、そこに設置されているフィールドキッチンで作られたシチューをグリゴリ戦線の兵士から受け取っていた。炊き出しだろう。
「あれは住民の保護を行っているのですか?」
「保護、というのは正しくありませんね。私たちは誰ひとりとして守られる存在ではありません。全てのグリゴリ戦線の構成員には役割があり、それを果たすことが義務となっていますから」
「そうですか」
シシーリアが首を横に振るのにファティマは保護されていないと言いながらも働けないし、このゲヘナでは生きていくことすら難しいだろう人々を眺めた。
「シシーリア様!」
そこでそんな人種に分類される10歳前後の子供たちがシシーリアの下に走ってくる。顔には笑顔を浮かべ、嬉しそうにシシーリアに駆けよって来た。
「みんな元気にしていますか?」
「はい! 元気です!」
シシーリアも子供たちの姉のように優しく微笑んで子供たちの相手をしている。
「お年寄りや怪我人のお世話はできていますか?」
「頑張ってます!」
「いいことです。これからも頑張ってください」
「はい!」
シシーリアが言っていた役割とはこういうことだろうかとファティマはそのやり取りを見ながら思った。小さい子供でもちょっとしたお手伝いぐらいはしなさいというものだろうかと。
「シシーリア様。よろしいですか?」
そこでシシーリアに099式強化外骨格を装備した恐らくは将校だろう人間が近づいてきて尋ねてくる。
「何がありました?」
「ノーブル作戦基地がクレイモア空中突撃旅団の強襲を受け、壊滅しました。最後の連絡から偵察部隊を派遣しましたが基地は壊滅的な打撃を受けて今後は使用不能かと」
「では、装備と人員の回収を。基地そのものは破棄します」
「了解」
シシーリアが冷静に指示を下し、将校が命令を受け取って足早に立ち去る。
「さ、ファティマさんたちはこちらへ」
シシーリアは再びファティマたちを案内し、あの山岳帽と王冠のエンブレムの兵士たちが守る部屋に入った。
質素な部屋で安物のオフィスデスクとチェアにはいくつかの端末が並び、その後ろには小さな冷蔵庫とインスタントコーヒーのケース、電気ケトルが置かれている。
「ここは私の執務室です。何か飲まれますか?」
「水で結構です」
「分かりました。そちらの方は?」
ファティマが言うのにシシーリアがサマエルに微笑みかけて尋ねる。
「ボクもお水を……」
「はい。では、待っていてください」
シシーリアは冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、綺麗なグラスに注ぎ、冷凍庫から氷を入れた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それで仕事についてお話を聞きたいのですが」
冷たいミネラルウォーターのグラスを前にファティマが早速というように話をシシーリアに向けて持ち出した。
「その前に私たちの現状を説明させていただきます」
シシーリアはそう言って語り始める。
「現在、グリゴリ戦線はゲヘナ軍政府の強引な対反乱作戦を受けています。無関係の市民が巻き添えとなり、我々も少なくない犠牲を出している状況です。その理由はここ最近のゲヘナ軍政府に対する攻撃への容疑、です」
そう言ってシシーリアがファティマの顔をじっと見た。
「もちろん我々はゲヘナ軍政府と敵対しています。ですが、ここ最近我々は大規模な行動を起こした記憶はないのです。しかし、どういうわけか全ての攻撃がグリゴリ戦線のやったこととなったのです」
シシーリアが肩をすくめるも視線はファティマに向けられている。
「何か心当たりはありませんか?」
「はて。分かりません。私は見ての通りただの傭兵ですので」
「では、そういうことにしておき、その上で仕事をお願いしましょう」
「ええ。仕事の話をお願いします」
どうやらシシーリアはフォー・ホースメンとソドムの企てに密かに気づいているようだとファティマは察したが、それはファティマが意図したことではない。
「ゲヘナ軍政府隷下のクレイモア空中突撃旅団の攻撃が頻繁に繰り返されています。我々がゲリラ戦の拠点としていた緩衝地帯が制圧され、そこに前線基地が設置されつつあります。それを叩くことをお願いしたいのですが」
「その前にクレイモア空中突撃旅団という部隊について説明をお願いできませんか? 今のところゲヘナ軍政府の指揮下に入ったエデン統合軍特殊作戦コマンドの部隊としてしか認識していないので」
ファティマはクレイモア空中突撃旅団についてジェーンから聞いた情報しか持ち合わせておらず、実際にどのような部隊なのかについて知らなかった。
「クレイモア空中突撃旅団は残忍な部隊です。対反乱作戦という名の虐殺を繰り広げ、ゲヘナの住民を弾圧している。民間軍事会社のMAGとジェリコを除けば我々の最大の敵です」
シシーリアがそう語る。
「エデン統合軍特殊作戦コマンドの部隊として残忍で冷酷ながら精鋭が揃い、装備の質も我々を何世代も上回っている。指揮官はルーカス・ウェストモーランド陸軍准将。この男には私と個人的な関係があります」
「個人的な関係、ですか?」
シシーリアがなるべく感情を抑えて語ろうとしているのがファティマにも見て取れる。その表情はすぐにでも憎悪に染まりそうであった。
「この男が前代のグリゴリ戦線の指導者である私の父とそれを補佐していた母、兄、そして何の関係もなかった幼い妹を殺した。私から家族を奪い、私にこの傷を与えた」
シシーリアがタンクトップを捲りあげるとそこには腹部に深い刃物で刻まれた傷がまだ生々しく残っていた。恐らく位置的に生殖機能に影響がある。
「これが私とウェストモーランド准将というクソ野郎の関係です」
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