エスコート//ひとりぼっち
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──エスコート//ひとりぼっち
「お姉さん。お姉さん。お姉さん。お姉さん。お姉さん。お姉さん……」
サマエルはソドムの拠点において客をもてなす部屋に案内され、そこに置いてあったベッドの上で蹲ってぶつぶつと同じ単語を繰り返していた。
「またひとりぼっちになっちゃった……。ボクはどうして……」
サマエルがそう言って赤い瞳から涙がこぼれる。
「ひとりじゃないよ」
「!?」
不意に少女の声が響くのにサマエルが顔を上げて声のした方向を見た。
「私がいる」
部屋の暗くなった角に少女の姿があった。
「あ、ああ。そんな……」
それはサマエルと瓜ふたつの少女であり、違いは瞳の色だけ。
服装も、体格も、濡れ羽色の長髪も全てサマエルと同じ。
そんな暗がりの少女は唯一サマエルと異なる青い瞳でサマエルを見つめ返す。
「ずっと一緒にいようって言ったよね? 私と一緒にいるって言ったよね?」
少女がうっすらとした笑みを浮かべたまま問い詰めるようにサマエルに言葉を放つ。
「もう私はどうでもよくなったの? あの人が私の代わり?」
「だ、だって、君はもう……」
サマエルが怯えた様子で少女に告げる。
「死んでる。そう、死んでる。あなたが殺した。あなたに殺された」
少女が言う。
「あなたが殺したんだ。私を殺した。私の体をバラバラにした。引き裂いて、貫いて、切り刻んで、傷つけて殺した。それなのにもう知らないふり?」
「ボクはそんなつもりはなかったんだ! ボクは、ボクはただ……!」
「あの人もバラバラにして殺すの? 私みたいに」
サマエルが必死に叫ぶのに少女が怨嗟の感情が籠った声でそう言う。
「私を殺しただけでは満足できなかったんだ。もっと大勢を殺しても満足できない。あなたは全て殺す。何もかも殺す。あなたはあなたを愛してくれた人すら無残に、残酷に殺す。私にそうしたように」
「違う……。違うんだ……。ボクは誰も傷つけたくない……」
「殺したくせに。私を殺したくせに。みんな殺したくせに」
少女がサマエルを責めたて続ける。恨みの籠った声で、敵意の見える声で。
「でも、私だけはあなたとずっと一緒にいてあげる。あなたが何をしたのか絶対に忘れさせない。私はずっとずっとあなたの傍にいてあげる。私はあなたの罪そのものだから。二度と忘れさせない」
「やめて……。やだ……。許してよ……」
サマエルがぐすぐすと泣きながら少女の姿を見まいと俯く。
「サマエルちゃん! 戻りましたよ」
そこでファティマが部屋に戻って来た。
「サマエルちゃん? どうしました?」
そして、泣いているサマエルを見てファティマが怪訝そうな顔をする。
「お姉さん……」
「な、泣かないでくださいよ。ひとりにしてすみません。もう戻ってきましたからね。寂しかったんでしょうか?」
サマエルが涙を流してファティマを見るのに、ファティマはハンカチを出してサマエルの涙を拭いながら安心させるようにサマエルの両手を握った。
「もう大丈夫です。もう離れないですよ、ね? 安心してください。こんなところでひとりでいるのは不安でしたよね」
ファティマがサマエルを安心させるためにサマエルの赤い爬虫類の瞳をじっと見つめて微笑み、両手を優しく握り続ける。
「お姉さん、怖いよ……」
「怖いことなんてないですよ。私がいますから。もう何も怖がらなくていいんです。少し休みましょう。疲れてると精神も弱ってしまいます。さ、眠ってください。一緒にいますから安心して、ゆっくり休んでください」
「うん……」
ファティマがサマエルをベッドに横にさせ、手を握ったままサマエルが眠るのを見守った。サマエルは暫くして寝息を立て始め、ファティマも少し眠った。
「サマエルちゃん、どうしたんでしょうか。精神の問題ならカーター先生に相談した方がいいかもしれませんね」
30分ほど仮眠してZEUSのアラームで目覚めたファティマが改めてサマエルを見る。サマエルの幼い顔には目の周りが涙で赤くなり、涙の筋が顔に残っていた。
それからファティマはZEUSで取引開始の合図が来るのを待つ。
2時間ほど後にZUESにメッセージが来た。ソドムとグリゴリ戦線から商品の引き渡しを行うという知らせだ。ファティマたちにも商品を輸送するソドムの車列に合流するように指示が出た。
「サマエルちゃん。仕事ですよ。行きましょう」
「ん……。分かったよ、お姉さん」
ファティマはサマエルを起こし、ソドムの拠点内を車列の待機地点に向けて進む。ソドムの拠点では様々な商品を運ぶフォークリフトや作業用強化外骨格を装備した人員などが慌ただしく移動していた。
「おい! ここだ。あんたを待ってたぞ」
「お待たせしました。出発ですか?」
「ああ。乗れ」
ファティマたちはソドムの準備した車列に合流。
車列は8台の大型軍用トラックと4台のタイパン四輪駆動車で構成されていた。タイパン四輪駆動車には50口径のHMG-50重機関銃が無人銃座にマウントされている。
「さ、行きましょう、サマエルちゃん。敵の通信に気づいたら知らせてください」
「うん」
ファティマたちはタイパン四輪駆動車に乗り込んだ。
「出すぞ!」
そして、ソドムの車列が一斉に発車した。
大量の小火器と弾薬を積んだ車列が拠点を出発し、グリゴリ戦線が指定した取引場所へと進んでいく。その場所の情報はファティマのZEUSにも通知されていた。
「何も起きないといいのですが」
車列には上空援護機がないのが欠点だ。周囲の状況が分からないし、この車列の速度だと偵察妖精を展開しても追いつけない。
『ワラルー・ゼロ・ワンより本部。間もなくグリゴリ戦線の支配地域に入る』
『本部よりワラルー・ゼロ・ワン。グリゴリ戦線の護衛部隊がそちらに合流する。識別IDを送信した。確認せよ』
『こちらワラルー・ゼロ・ワン、確認した』
グリゴリ戦線支配地域に入って暫くすると数台のテクニカルがソドムの車列に合流し、護衛を始めた。
「お姉さん。今のところ、MAGやジェリコの通信はないよ」
「ふむ。ですが、多分襲撃はあります。不審な通信に耳を澄ませてもらえますか?」
「分かった」
サマエルはゲヘナ軍政府と契約を結んでいる民間軍事会社の動きに警戒を続け、ファティマもいつでも戦闘可能なように備える。
そして、車列は廃墟のような建物が並ぶグリゴリ戦線支配地域を走り、砲弾で穿たれたクレーターを迂回し、目的地を目指し続けた。
『ワラルー・ゼロ・ワンより各員。そろそろ到着だ。何事もなさそうだな』
ソドムの車列を指揮する指揮官がそう言って小さく笑い、車列はグリゴリ戦線の幹部イズラエルから指定された敷地に入る。
いくつもの廃倉庫が並ぶ工場跡がグリゴリ戦線によって要塞化されており、ゲートでグリゴリ戦線の兵士たちからID識別を受けて通されると車列は無事に目的地に到達。
「待っていたぞ」
そして、イズラエル本人がソドムの車列を出迎えた。
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