エスコート//ビジネスの提案
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──エスコート//ビジネスの提案
「ホワイトさんはこの部屋にいる。入っていいぞ」
「ああ」
ホテルのレセプションルームだった場所にファティマたちは案内された。
ソドムの構成員たちが部屋に入り、ファティマたちが続く。
「来たな。待っていたぞ」
レセプションルームには簡素な組み立て式のパイプ椅子と机が置かれており、武装したグリゴリ戦線の兵士たち、そしてひとりの男がいた。
その男は他の兵士と違って099式強化外骨格を装備しており、どうやら手足を機械化してもいるようだ。人工皮膚が一部劣化し、金属の表面が皮膚に見えている。
僅かであれどアフリカ系の血が流れているためか癖のある黒髪を軍人のようにモヒカンにしており、瞳の色は輝きの薄いブラウン。その軍人のように鍛えられた肉体はなかなかの長身で190センチ近くだった。
「イズラエル・ホワイト。取引の申し出を受けたということ確認した。詳細について話し合うように言われてきた。準備はいいか?」
「ああ。もちろんだ。そちらに要望する商品のリストを送る」
この男がやはりイズラエル・ホワイトだった。
イズラエルはZEUSを通じてソドムの構成員に希望する武器のリストを送信。
「準備できるものだな。こちらとしての希望価格はこうなるが」
「ふむ……。少し取引量を増やすから引けないか?」
「増やす量による」
それからソドムとグリゴリ戦線の間で慎重に取引が進んでいく。ソドムにとっても重要な取引らしく、ソドムの方も取引がご破算にならないように気を付けているようだ。
「これでいいだろう。どうだ?」
「同意する。ところで、そっちの人間は? 君たちの仲間ではないようだが」
そして、取引が纏まった辺りでイズラエルの視線がファティマとサマエルを向いた。
「上からそちらに紹介しておきたいという傭兵だ。フォー・ホースメンでも評価されている。ファティマ・アルハザードとサマエルという」
「初めまして、イズラエルさん。紹介にありました通り、傭兵です。ですが、思想的にはそちらと意見が一致する点もあるかと思います。どうぞよろしくお願いします」
ソドムの構成員に紹介され、ファティマがイズラエルに挨拶する。
「ほう。我々と意見が一致する傭兵、か。エデンに恨みが?」
「そんなところです。私としてはゲヘナ軍政府もエデン社会主義党もエリュシオンも全て打倒されるべきと考えています」
「なるほど。珍しい傭兵だな。大抵は金のことだけを考えて思想など持たないものだが」
そして、イズラエルがソドムの構成員の方を再び見た。
「信頼できるとして紹介したと判断していいのだな?」
「デフネお嬢様が認めている。スパイではないだろう」
「だといいのだが。あのリトルガールも我々に理解できない点があるからな」
イズラエルはどうやらまだファティマたちを信用していないようだ。
「よろしければ何かそちらの仕事を受けさせていただけませんか? 私としてはそちらに信頼していただきたいですし、そちらの助けになれると思います」
「それだけの実力があると?」
「バーゲスト・アサルトとイニェチェリ大隊の両方に勧誘されました」
「ふむ。そのふたつの精鋭部隊については知っている。だが、それらの精鋭部隊に誘われて断ったというわけか? どうして?」
イズラエルがファティマに疑問を重ねる。
彼にとってまだファティマは知らない相手で信頼できない人間というわけだ。
「私はゲヘナで成功してゲヘナで地位に就くことを望んでいません。私はあくまでこの地球において高い地位に就きたいのです。言っては悪いですが汚染されたゲヘナでの地位に興味はないのです」
「ゲヘナは今でこそ汚染され、見捨てられた土地だが、ここで人類は生まれたのだ。我々にとって歴史的に意義のある土地だ。敬意を払ってほしい」
「すみません。ですが、いずれにせよ私はエデンもエリュシオンも倒したいのです。だから、ゲヘナでの地位に意味はないのですよ」
苦言を呈するイズラエルに謝罪しながらもファティマはそう主張した。
「それについては我々と確かに意見が一致しているな。今のゲヘナ軍政府を打倒しても、エデンが存在する限り連中の軍隊が再び送り込まれる。ゲヘナ軍政府による支配を終わらせるにはエデンを倒さなければならない」
イズラエルは頷き、ソドムの構成員を見る。
「彼女を雇えということなのだろうが、それでいいのか?」
「好きにしてくれ。上からは会わせろと言われているだけだ」
「分かった。では、雇わせてもらう。取引は以上だな」
「ああ。後日商品と金を交換しよう。予定を送っておく」
ソドムの構成員たちはイズラエルにそう伝えると去った。
「さて、我々から仕事を受けたいというわけだ。それならば今回のソドムとの取引の護衛を頼めないだろうか?」
「もちろん大丈夫です。受けさせていただきます」
「分かった。しかし、そちらの少女は? 彼女は傭兵ではないだろう?」
「サマエルちゃんも私の大事な友人で一緒に戦う仲間ですよ」
「ふむ……。では、そのように扱うとしよう」
ファティマの言葉にイズラエルは訝しみながらも正面から否定はしなかった。
「しかし、取引に妨害が入る可能性があると考えておられるのですか?」
「ああ。我々は今まさに攻撃を受けている。ジェリコとゲヘナ軍政府の特殊作戦部隊クレイモア空中突撃旅団の攻撃をな。君には一度ソドムの拠点に我々の部下と向かってもらうがその前に説明しておこう。来たまえ」
「了解です」
イズラエルに案内されてファティマがホテル裏の駐車場に停めてあった古い防弾SUVの前まで来て、イズラエルが立ち止まる。
「ここ最近の各勢力によるゲヘナ軍政府への攻撃に対する報復を我々が受けている。攻撃を行っているのは民間軍事会社ジェリコの部隊とゲヘナ軍政府所属のクレイモア空中突撃旅団」
「ジェリコは知っていますがクレイモア空中突撃旅団は知りませんね。エデン統合軍の部隊ですか?」
「ああ。エデン統合軍特殊作戦コマンドの所属にもなる部隊だが、今はゲヘナ軍政府の指示で動いている。極めて危険な部隊で執拗に我々を狙っている。我々がソドムから武器を買うとなればジェリコかこれが妨害に来るはずだ」
「では、取引を無事に果たすために努力しましょう」
「頼むとしよう。報酬についてはフォー・ホースメンやソドムのように潤沢に払うことはできないが、それでもいいだろうか? 不満ならば今からでも降りてくれ」
「大丈夫です。その分、他からせびりますよ」
「いい性格だな、君は」
ファティマが何でもないというように返すとイズラエルが少し笑みを浮かべた。
「だが、報酬は低くとも仕事そのものは間違いなくハードなものになる。最近の連中の活動は本当に活発なのだ。我々はずっと警戒している。それでも?」
「それでも受けさせてください。そして、報酬はクレジットということに拘らず、私との人的繋がりということを考えてもらいたいのですが」
「では、考えておこう。仕事の成果次第だ。我々は同志としてはどのような人材だろうと受け入れるが、傭兵となると話は違う」
「分かっています。成果はお示ししますよ」
「頼もしいな。では、部下とソドムの拠点に向かってくれ。商品を確実に我々の拠点に運んでもらわなければならない。さあ、行ってくれ」
そして、イズラエルの見送りを受けて防弾SUVにファティマたちが乗り込み、イズラエルの部下とソドムの拠点へと向かう。
それから暫くが経ち──。
「お姉ちゃん! 来たね!」
デフネがファティマたちを出迎えた。
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