エスコート//アナウンス
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──エスコート//アナウンス
「おい。今、暇か?」
そう言ってジェーン・スミスがファティマたちの兵舎を訪れたのはラッキーストライク作戦の終了から2日後のことだ。
「今は連絡を待ってます。ソドムのデフネさんがグリゴリ戦線の幹部を紹介してくださるそうなので」
「おお。上手くいったんだな。いいことだ。ともあれ、今は話をしよう。グリゴリ戦線と接触するならその前に話しておきたい」
「分かりました」
ジェーンにそう誘われ、ファティマとサマエルはフォー・ホースメン支配地域にある喫茶店へと向かった。
喫茶店は建物そのものは古いが、そこそこににぎわっている。
「私はアイスコーヒーを」
「私は紅茶だ」
それぞれが注文し、届いた飲み物を手にファティマたちがやや汚れたスチール製のテーブルを囲む。
「グリゴリ戦線と接触できるようでなによりだ。ゲヘナ軍政府を相手にする上で連中は重要な陣営だからな」
「だが、規模としてはそこまで大きくないのでは?」
「ああ。戦力としてはフォー・ホースメンに劣る。グリゴリ戦線はパワード・リフト輸送機は持ってないし、装甲車よりもテクニカルの方が多い」
「そして兵士たちは訓練されていない、ですよね?」
「まあ、とりあえず銃が撃てるだけだな。味方に当たらなければ上等ってところだろ」
ファティマが意見を述べるとジェーンが頷く。
「だが、兵隊の数は多い。ここ最近はさらに増加傾向にある。フォー・ホースメンがグリゴリ戦線を支援しているのは連中を支援する意味があるからだ。とにかく数が多いのでそう簡単にはゲヘナ軍政府も潰せない」
「どうして数が増えているのでしょう? 何かあったのですか?」
「ああ。ゲヘナ軍政府とそこに雇われている民間軍事会社の無茶苦茶な治安回復作戦という名の虐殺でゲヘナの住民が殺されまわっている。そのことに大勢が反発し、グリゴリ戦線に加わった」
「それは明らかなゲヘナ軍政府の失態ですね。彼らは対反乱作戦の何たるかを理解していない様に思えます」
前にもファティマが述べたように対反乱作戦においてはただ敵を攻撃すればいいというものではない。反乱勢力が必要とする現地住民の支援を現地住民を民政作戦によって懐柔し、断つことも重要だ。
現地住民が反乱勢力を匿ったり、食事などを与えることで反乱勢力はゲリラ戦を繰り広げられる。そして、鎮圧側に不満を持った現地住民は反乱勢力の潜在的な人的リソースとなってしまう。
「最近起きたゲヘナ軍政府への攻撃に対する報復を軍政府長官フリードリヒ・ヴォルフが命じている。そのせいでグリゴリ戦線とゲヘナの住民は攻撃を何度も受けていて、損害が出ても、すぐに志願兵が加わっている」
「それはまた。ということはその分武器が必要になりますね」
「ああ。それでソドムに接触するんだろう。グリゴリ戦線の武器の調達先はほぼソドムだからな。ソドムの武器の取扱量は半端じゃない」
ジェーンとそのような会話をしていたとき、ファティマのZEUSに着信があった。
「おや。デフネさんからです。どうやらいよいよグリゴリ戦線と引き合わせてくれるそうですので、ここで失礼しても?」
「ああ。幸運を祈る。ここの支払いはしておくから行ってこい」
「ありがとうございます。行きましょう、サマエルちゃん」
ファティマとサマエルは喫茶店を出て、タクシーに乗り込むとデフネから指定された場所を目指した。タクシーはソドム支配地域に入り、そこにあるホテルの前で停車。
「お前がデフネお嬢様から連絡があった傭兵か?」
ホテルの前には他にタイパン四輪駆動車2両が止まっており、ソドムの武装した構成員たちが4名待っていた。
「ええ。そういうことになります。デフネさんは?」
「お嬢様は別件で忙しい。だが、お前をグリゴリ戦線の幹部と引き合わせろという命令は聞いている。乗れよ」
「了解です」
ファティマとサマエルはタイパン四輪駆動車の後部座席に乗り込むとタイパン四輪駆動車は走り出し、ゲヘナにおけるグリゴリ戦線の支配地域に向かう。
「これからグリゴリ戦線と取引を?」
「ああ。大規模な武器の買い付けを受けている。その金額や取引の具体的な日程を詰めに向かう。ZEUSではやり取りできないからな」
「取引は相手の顔を見て、ですか。昔ながらですね」
「信頼が大事だ。ここでは特にな」
タイパン四輪駆動車でグリゴリ戦線との取引場所に向かいながらファティマがソドムの構成員と話をする。
「しかし、思うのですがグリゴリ戦線はどうやって支払いを行うのですか? 話を聞く限り、グリゴリ戦線は不満を持った民衆の寄せ集めに過ぎず、生産性などはないように思われるのですが」
疑問なのはそこだ。
大規模な人員を有すれど優れた人材はいないというグリゴリ戦線がどうやってソドムのような犯罪組織と取引をしているのか。
「グリゴリ戦線にはゲヘナ軍政府に公的に認められた企業なども密かに繋がっている。そういうところからの横流し品の売買や違法薬物の製造。そういうものがグリゴリ戦線の商品だ。それから寄付金だな」
「寄付金ですか?」
「ゲヘナ軍政府に不満を持っている人間はどこにでもいるから、そういう連中がグリゴリ戦線に金を払うのさ。俺たちの代わりにゲヘナ軍政府をぶんなぐってくれってな」
「ほうほう」
どうやらグリゴリ戦線には独自の収入源があるようだ。
「他に誘拐なんかもやってるな。ゲヘナ軍政府の職員だったり、家族だったりを誘拐して身代金を要求するって奴だ。連中はゲヘナ軍政府とどうあっても対立しているから、ある意味怖いものなしだぜ」
ソドムの構成員がそう語る中、車はグリゴリ戦線支配地域に入った。
「ここもグリゴリ戦線支配地域なのですね」
「あまり楽しそうな場所じゃないね……」
グリゴリ戦線支配地域には以前ゲヘナ軍政府との戦闘が繰り広げられる無人の場所にデフネと行ったが、今回来た場所には人がいた。
ゲヘナ軍政府支配地域から逃げて来たようなボロボロになったオレンジ色のつなぎを纏った人々が配給の列に並んでいる。旧式の軍用フィールドキッチンがシチューのようなものを大量に作り、それを配っていた。
「何というか陰鬱な感じです」
通りの建物にはグリゴリ戦線の指導者なのかもしれない口髭を蓄えた壮年の男性が天を仰ぐイラストが描かれており、その近くには『我らが敵を倒すまで我々は決して止まることはない!』とスローガンが書かれていた。
まだゲヘナ軍政府長官フリードリヒ・ヴォルフの顔が書かれたポスターには赤いバツ印が描かれており、無数の銃痕が刻まれている。
「凄い憎悪を感じる……」
「彼らが戦っている理由を考えれば不思議ではありませんが」
通りには他に武装したグリゴリ戦線の構成員が立っていた。フォー・ホースメンやソドムのようにタイパン四輪駆動車を持っているわけでなく、民生品の旧式ピックアップトラックに重機関銃などをマウントしたテクニカルが随伴している。
「そろそろ到着だ。余計なことはするなよ。俺たちはお前を紹介するだけだ。今回の取引のついでにな。お前そのものは取引とは関係ない」
「了解」
そして、ファティマたちを乗せたタイパン四輪駆動車はグリゴリ戦線の小規模の部隊が守るホテルであっただろう高いビルの前で停車した。
「ソドムの人間か? 生体認証を」
「ああ」
グリゴリ戦線の兵士は強化外骨格すら装備しておらず、古びたCR-47自動小銃で武装していた。タクティカルベストもあるにはあるが、かなり旧式だ。
「認証したが、そっちのふたりは事前通知にないぞ」
「こちらから紹介したい人材だ。傭兵だよ。イズラエル・ホワイトに会わせるように上から頼まれている」
「分かった。付いてこい」
ソドムの構成員の言葉にグリゴリ戦線の兵士が頷き、付いてくるように促した。
そして、ファティマたちはホテルの中へと入っていく。
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