オンザジョブトレーニング//緩衝地帯
本日2回目の更新です。
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──オンザジョブトレーニング//緩衝地帯
「ゲヘナ軍政府はその支配地域を完全に制圧しているわけではない。彼らが守っているのは守る価値があるものだけ。だから、私たちの支配地域とゲヘナ軍政府の間には一種の緩衝地帯がある」
タイパン四輪駆動車の運転席に座ったグレースがそう語る。
ファティマたちがイーグル基地を出発し、MAGの生物化学兵器エージェント-29Cを無力化するためにMAGの前線基地ノヴェンバー・ケベック・ワン基地への侵入を目指していた。
今はその基地があるゲヘナ軍政府支配地域内に入ろうとしている。
「明確な境界線はない、ということですか?」
「それが必要ないということ。戦闘で破壊された建物しかなかったり、テリオン粒子の深刻な汚染があったり、わざわざ支配する意味がない地域ということ」
「なるほどです」
その無価値な地域をファティマたちを乗せたタイパン四輪駆動車が揺れながら走る。道路は砲爆撃で破損しており、周囲は廃墟だらけだ。
「けど、いくら無価値でも完全に放置するわけにはいかない。ゲヘナ軍政府は強制労働を課している囚人が逃げることを警戒している。だからこの付近に小規模の部隊を巡回させている」
「そして、そこにMAGのパトロールって具合ですね」
「そう」
そして、グレースがタイパン四輪駆動車を停車させた。
「ここからはあなたの選択と決断を見せてもらう。さあ、腕前を披露して」
「了解です」
グレースが促し、ファティマが周囲を見渡す。
ファティマは117式強化外骨格の装甲を展開しており、身体は都市型迷彩に塗装された装甲で守られている。また動力として人工筋肉が動作していて、ファティマの筋力を大幅に向上させていた。
「少し進みましょう。慎重に、です」
そう言うとファティマは魔術によって投影型熱光学迷彩を展開し、自分とサマエルの身を隠す。投影型熱光学迷彩は既存の熱光学センサーを無力化する高度な魔術であり、特殊作戦部隊では必須の能力だ。
「あなたに続く」
グレースも同様に投影型熱光学迷彩を展開。
「この状況で交戦はできません。サマエルちゃん、なるべく足音を立てないようにお願いします」
「分かったよ、お姉さん」
投影型熱光学迷彩使用中はエネルギーシールドを展開することができない。このふたつは競合する作用がある。
だから、この状況で敵に気づかれると極めて脆弱だ。
「このような環境かつ地形となるとパトロールとしても高所を押さえたいでしょうね。市街地戦の鉄則ですし」
ファティマたちがいるのは廃墟になった市街地が広がる地域で、崩壊しかかった建物があちこちに聳え、廃棄された自動車や旧型の兵器などが放置されている。
このような地上からは見通しが悪い場所では高い場所を押さえるのが鉄則だ。高所に狙撃手を配置するだけで広域を確保できる。
「この建物の屋上に出ます。グレースさんはサマエルちゃんとここに残ってください」
「偵察妖精は使わないの?」
「ええ。不意を打ちたいですから」
グレースが尋ねるとファティマはそう返し、強化外骨格の人工筋肉の出力を利用して瓦礫を越えて廃墟となった中程度のビルの屋上をひとりで目指す。
「さてさて。かなり地形が分かってきましたね」
この廃墟となった都市部はかつて集合住宅などがあった住宅街だったようで高層マンションが聳え、住宅だった建物が密集している。
大きな道路は少なく、細い道がいくつも伸びていた。ファティマはそのような地形を見渡し、ZEUSに記録させ、ZEUSに内蔵した妖精に立体図にさせる。
「オーケー。地図が手に入れました。次はこの地図から観測ポイントを割り出す」
ファティマはそう言って拡張現実上に立体の地図を広げ、分析した。
「この高層ビルからかなり広域を見渡せますね。ここにパトロールがいる可能性があります。向かいましょう」
そう結論し、ファティマは建物から降りる。
「グレースさん。パトロールがいそうな場所を推定しました。ここにパトロールがいなくてもここを押さえれば広域を確保できます。向かいましょう」
「了解。あなたに従う。先導して」
ファティマたちは市街地を投影型熱光学迷彩を展開したまま目的の高層ビルを目指した。廃墟が広がる市街地を抜け、高層ビルに接近。
「ストップ。ここから偵察妖精を出します」
少し開けた駐車場からファティマが戦術級偵察妖精を展開。
上空を飛行する戦術級偵察妖精からの映像がファティマの拡張現実に表示され、妖精が高層ビルの映像を送ってくる。
「……いました。狙撃手です。狙撃手と観測手からなる2名の基本的な狙撃チーム。また高層ビル付近にはタイパン四輪駆動車を確認。間違いないですね。狙撃手を排除し、あの車両をいただきましょう」
「どのようなアプローチを?」
「任せてください。私がやってやりますよっと!」
ファティマはそう言って再び投影型熱光学迷彩を展開し、高層ビルに近づく。
「お姉さん。敵の通信をそっちに送れるよ。その、聞く?」
「そんなことができるんですか? では、お願いします!」
「送るね」
サマエルがそう言うとファティマのZEUSを通じてMAG部隊の通信が流れて来た。
『エレファント・ゼロ・ワンより本部。定時報告だ。周辺に異常なし』
『本部よりエレファント・ゼロ・ワン。残り1時間で引き上げていいぞ』
『了解』
どうやら丁度いいことに彼らは帰還予定のようだ。
「ありがとうです、サマエルちゃん! では、あの部隊を襲います」
「待って。今、何をしたの?」
ファティマが笑顔でサマエルに礼を述べるのにグレースが怪訝そうな顔をした。
「サマエルちゃんがMAGの通信を傍受したんですよ」
「どうやって? MAGの通信は高度に暗号化されている。解読にはZEUSに搭載した妖精なんかでは何の役にも立たない。専用の電子戦装備が必要になる。それこそトラックに積んで運用するようなサイズの」
「でも、傍受できましたよ? サマエルちゃんは以前にもMAGの通信を傍受しています。きっと特別なんですよ」
グレースがあり得ないということを説明するがファティマは首を傾げてそう主張した。サマエルは最初の仕事でもMAGが裏切ったフォー・ホースメンの兵士を逃がそうとしていたのを掴んでいる。
「……なるほど。それがこの子の力というわけね。どういう仕組みかは分からないけれど。しかし、そもそもこの子は何なの?」
「MAGは超高度脅威異界存在と呼んでいました」
「……バーロウ大佐の軍人としての勘というのは意外に当たりかもしれない」
グレースはファティマの言葉を受けて、サマエルを警戒するようにして見つめた。
「お姉さん。MAGの通信も妨害できるよ。やった方がいいかな……?」
「是非ともお願いします。私がMAGのパトロールを仕留めるのでサマエルちゃんはグレースさんといてください」
サマエルがおどおどと申し出るのにファティマがサムズアップして依頼する。
「あなたの行動を偵察妖精で見せてもらってもいい?」
「ええ。しかし、気づかれないように願います」
「分かった。その点は大丈夫」
「では」
ファティマは引き続き投影型熱光学迷彩を使用し続け、グレースは戦術級偵察妖精を展開してファティマの起こすことをつぶさに観察する。
「一気に仕掛けて、一気に殲滅」
ファティマは高層ビル──というよりも高層マンションのベランダに乗り込むと強化外骨格の人工筋肉の出力にものを言わせて上の階のベランダに飛び上がり、そうやって一気に高層ビルを昇る。
まるで猿が木を登るような勢いでファティマは高層ビルを昇り続け、屋上にいるMAGの狙撃チームの居場所を目指した。
『クソ。こんな何もないところを見張ってて何の意味があるってんだ?』
『知るかよ。命令だ。ゲヘナ軍政府からお偉いさんたちがこういう仕事をやりますって契約を結んだから、俺たちはそれをやるだけ』
『不毛だな。こんなところに誰か来るわけないだろ』
MAG部隊の愚痴までファティマに聞こえてくる。
「そろそろやりますか」
ファティマは最上階のベランダからMAGの狙撃チームを確認するとあの赤いエネルギーブレードを展開した。十本の刃が宙に浮かび、その剣先をMAGのコントラクターたちに向け、そして放たれる。
「屠れ」
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本日の更新はこれで終了です。
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