オンザジョブトレーニング//生物化学兵器
本日1回目の更新です。
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──オンザジョブトレーニング//生物化学兵器
「お待たせ」
ファティマとサマエルが待っていたブリーフィングルームにグレースが来た。
「さて、仕事についてのブリーフィングを始めるからよく聞いて」
グレースはそういうとブリーフィングルームの拡張現実システムを起動する。
「こちらの情報筋が入手した情報によるとMAGは前線基地に生物化学兵器のひとつであるエージェント-29Cというものを配備した。これは殺傷量の高い神経ガスで僅かな量でも何万人という人間を殺せる」
「それは危ないですね。そして、前線基地に配置したということは使うつもりですか? それとも何かの演習でしょうか?」
ファティマのZEUSがブリーフィングルームの拡張現実システムにリンクし、ファティマの前に問題の生物化学兵器エージェント-29Cの情報が表示される。
エージェント-29Cは生物が生産する生物毒素をナノテクによってより毒素を強力にし、さらに空中散布を可能にしたものだ。粘膜からも皮膚の上皮組織からも吸収され、あらゆる生物に致命的な影響を与える。
「ええ。彼らは使うつもり。しかし、私たちに対してではない。ソドムあるいはグリゴリ戦線に対して使用すると考えられている。MAGは今ライバル企業と深刻な競合を起こしていて、成果を必要としているから」
「それを我々が阻止する、と。フォー・ホースメンにはどのような利益が?」
「これはソドムとグリゴリ戦線から依頼。彼らが私たちに発注した仕事で、それをあなたに私たちが発注している。あなたは二次下請けってところ。けど、気にしないでね」
「なるほどですね。別に構いませんよ」
グレースが言うのにファティマは肩をすくめた。
「報酬はちゃんとリスクに合った分払う。その代わりリスクは高い。この任務は言ったように私とあなただけで他は一切動員されない予定だから」
「それからサマエルちゃんも、です」
「ん? その子が必要なの?」
ファティマがの言葉にグレースが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ええ。ひとりにはできないですから。それにサマエルちゃんも役に立ちたいって言っているんです。そうですよね?」
「うん。邪魔はしないから……」
ファティマが隣でブリーフィングルームの簡素な折り畳み椅子に座っているサマエルに微笑みかけるのにサマエルが不安そうに見つめた。
「ピクニック気分というわけ? そこまで簡単な仕事ではないのだけれど。それにその子が足を引っ張ったらそれも評価に含めることになる」
「構いません。私がサマエルちゃんを守りますし、サマエルちゃんは不思議な力があるんですよ。役立たずじゃないんです」
「そう」
ファティマの言葉にグレースはサマエルを見る。
グレースの目にはただの少女にしか見えない。バーロウ大佐が感じ取ったような脅威を感じる相手ではなかった。
自爆テロに使用される薬漬けにされた子供でもないし、どこかに武器を持っているわけでもない。ただの可愛らしい少女だ。
「じゃあ、作戦を説明する。目標の前線基地はノヴェンバー・ケベック・ワン前線基地と呼称されている。駐留しているMAG部隊は機械化歩兵大隊を中核とした諸兵科連合。主力戦車やパワード・リフト攻撃機もいる」
「それは随分な大所帯ですね。隠密が重要そうです。3名という小規模戦力で大隊規模の部隊を襲うなら、不意打ちで指揮系統を潰し、組織的な行動を困難にした末に各個撃破ってところでしょうか」
「それがベストでしょう。けど、無理に相手にする必要もない。基地にはエージェント-29Cという生物化学兵器があり、私たちはそれを前線基地で爆破して、連中を生物化学兵器で殺すことができる、ということ」
「なるほど。生物化学兵器は無力化できるし、MAGにも打撃が与えられる。一石二鳥ですね。いい作戦だと思います」
グレースが示した作戦にファティマが納得する。
「問題はノヴェンバー・ケベック・ワン前線基地にどうやって密かに隠密で近づくかということ。MAGはコントラクターや車両などの装備に友軍IDを付与している。そして、友軍IDを持っていれば検問はほぼ通過できる」
「では、MAGのパトロール部隊でも襲撃してコントラクターと車両の友軍IDを利用するというのはどうでしょう?」
「悪くない。最適解に近い。MAGのパトロールはあちこちにいる。あくまで低強度紛争地帯の警察業務が目的で、軽装で、そして車両を有している。それを襲いましょう」
ファティマの提案をグレースが受け入れて作戦に組み込んだ。
「まずMAGのパトロールを探す。それを襲撃する。車両とコントラクターの友軍IDを奪い、ノヴェンバー・ケベック・ワン前線基地に続く検問を通過して、同前線基地に向けて接近する」
「ですが、そこらをパトロールしている雑魚のIDで生物化学兵器を貯蔵している前線基地そのものには入れないでしょうね」
「ええ。そこからは腕の見せ所。期待してる。バビロニア魔術工科大学を首席で卒業したアルファ級高位魔術師さん」
ファティマの指摘にグレースがそう言ってファティマを見つめる。
「ええ。しっかりと実力を示しましょう。そして、考えるべきはMAGのパトロール部隊をどこで襲撃するかです。パトロール部隊がMAGの本部に連絡する前に制圧して、皆殺しにしなければいけません」
もし、MAGのパトロール部隊が襲撃されたと本部に報告すれば、MAGはすぐにその部隊のIDを警戒リストに載せ、各地の検問で見つけようとするだろう。
「この仕事は3名でやる。上手くMAGの孤立したパトロール部隊を襲撃する必要がある。あなたがどの目標を選ぶかもこちらでしっかりと評価させてもらう。作戦における決断も兵士の資質だから」
「任せてください。やってみせますよ。作戦開始はいつです?」
「これからすぐ。装備だけは貸してあげる。流石に武器もなしに放り出すほど鬼じゃないし、丸腰の人間と一緒にMAGと戦争なんてぞっとする」
「それは嬉しいですね。前の仕事ではまさに丸腰で放り出されたので」
「それはご愁傷様」
ファティマがちょっと皮肉気に言うのをグレースは受け流した。
「武器庫に案内する。来て」
「了解」
グレースに連れられてファティマとサマエルがイーグル基地の中を地下にある武器庫に向かった。
「軍曹。許可は得てる。武器を出したい」
「一応確認します。生体認証を」
武器庫の警備主任の下士官が頑丈な鉄筋コンクリートの壁と鉄格子で守られた武器庫に設置されたカウンターの向こうからグレースをZEUSで生体認証する。
「確認できました。どうぞ。火気厳禁ですよ」
「ありがとう」
金属の扉を開け、警備主任がグレースとファティマ、サマエルを武器庫に入れた。
「何にする?」
「そうですね。随分といろいろあるようですが」
武器庫には様々な武器が並べられていた。自動小銃から重機関銃や対物狙撃銃、携行対戦車ロケット、手榴弾、地雷。ここにない武器はないのではないかと思うぐらいだ。
「今回は隠密作戦となりますので、こんな感じですね」
ファティマが置いてあった武器とアタッチメントを組み合わせて装備を整える。
「MTAR-89自動小銃をCQB仕様で、それにサプレッサー。弾薬には亜音速弾。まあ、静かに殺るには向いている」
「ええ。そして、サイドアームもSP-45XのCQB仕様にサプレッサー。同じく45口径亜音速弾。隠密が失敗したときのことは考えません。想定される規模の相手に隠密を失敗したら死です。現地で敵の武器でも奪います」
「合理的。好きよ、そういう思い切った考え」
ファティマの説明にグレースがそう言って頷く。
「その子には何も持たせないの?」
「サマエルちゃんにですか? 持っていてくれると安心なんですけど、どうでしょう? サマエルちゃん、これちょっと持ってみてもらえます?」
グレースが言うのにファティマは実に渋い表情をしながらも、護身用としてHW57自動拳銃のマイクロコンパクトモデルであるHW57K自動拳銃をサマエルに渡す。
「ん……。お姉さん、ごめんなさい……。ちょっと重たいかな……」
「いいですよ。それに訓練されてない人に銃を持たせても暴発のリスクがありますし、サマエルちゃんは私が守ります」
サマエルがよろよろとHW57K自動拳銃を握るのをファティマが回収して言った。
「では、準備はいい、新卒さん?」
「オーケーです。行きましょう」
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