加速する混沌//裏切り
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──加速する混沌//裏切り
ドミトリーはゼレール元帥の死亡を確認した。
「これでエデン統合軍はひとつになる」
統合特殊作戦コマンド司令官クリスティーナ・テヘーロ中将は約束通りにドミトリーに合流するはずであった。
しかし、ドミトリーは裏切られた。
「アンドロポフ閣下! 大変です! これを!」
「これは……!?」
ZEUSを通じたネットワークにドミトリーがMAGのソロモン最高経営責任者に暗殺を指示した際の音声データが流出していたのだ。
「諸君。ドミトリーは長年に渡りエデン統合軍を指揮してきたギャスパー・ゼレール元帥を暗殺した。これは我々エデン統合軍への卑劣な裏切りである。これは決して許すことはできない」
さらにはクリスティーナがエデン統合軍の将兵にそう訴える。
「これに憤るものあれば我々に加われ。我々こそがエデン統合軍だ」
この呼びかけによってエデン統合軍の多くの部隊はクリスティーナの下に向かった。
結果、ドミトリーの下に残されたのはMAGのみ。
そのMAGも揺れ動いていた。
「ソロモン最高経営責任者! このままドミトリー書記長に従っていて本当に大丈夫なのですか!?」
「エデン統合軍の勢力の8割がクリスティーナ・テヘーロ中将の軍事救国評議会に加わっています……。これは決していい状況とは言えません」
「このままでは我々は……」
MAGの経営会議では現在の方針を巡って論争が続いていた。
「分かっている。エデンにおける正統な政府は国家非常事態委員会だという我が社の方針をそのままにしておくべきではないということぐらいは」
ソロモンはそう言うと経営幹部たちを見渡す。
「ここは苦しい選択になるが我々単独でエデン民主共和党との講和を目指そう。どうにかして彼らに接触しなければ」
「それはドミトリー書記長を見捨てるということですか?」
「そもそもドミトリー書記長がゼレール元帥を暗殺するようなことがなければ今回のようなことにはならなかったのだぞ!」
経営幹部のひとりが尋ねるのにソロモンが叫んだ。
「しかし、どうやってエデン民主共和党に接触を?」
「……私が考えておく。以上だ」
ソロモンは会議を終わらせて、それから自身の執務室に戻った。
「クソ。何ということだ。エデン統合軍が裏切るとは!」
これまでエデン最大規模の企業として君臨していたMAGがもはや風前の灯火なのだ。これまで栄華を誇り、栄えていたMAGが滅びようとしている。
「あいつに協力を……しかし……」
ソロモンが執務室の椅子に座り込んでぶつぶつと呟く。
「やむを得ない。やるしかない」
ソロモンはそう意を決するとZEUSを通じてある人物に接触した。
『何の用事だ?』
「エデン民主共和党と接触したい、オフィーリア・ナイト最高経営責任者」
そう、ソロモンが接触したのはジェリコの最高経営責任者であるオフィーリアに接触したのである。
『我々はエデン民主共和党の側についているわけではないのだが』
「だが、敵対しているわけでもない。そうだろう?」
『ふむ。我々ならば接触する当てがあると思っているのか』
「そうだ。そちらは現状ジェリコのみの勢力だが、私がそちらに向かえばMAGとジェリコのふたつの勢力が同盟を組むことになる。そうすればエデン民主共和党もそちらとの講和を考えるだろう」
『勢力が拡大されれば交渉のカードになる、と』
「そういうことだ」
MAGとジェリコが団結すればその勢力はエデン統合軍のそれに匹敵するようになる。
そのような巨大な勢力とエデン民主共和党も下手に戦いたくはないだろう。
『分かった。手配しよう。その前にこちらに合流してほしい。そうでなければ交渉できるものもできない』
「ああ。日程を知らせてほしい。いつそちらに向かえばいい?」
『そちらのZEUSに送信した』
ソロモンのZEUSに合流する位置と日時が送信されてきた。
「明日の早朝か。分かった。そちらに向かう」
『待っている』
ソロモンは同意し、オフィーリアはそう言って連絡を切る。
そして、翌日の早朝にソロモンはドミトリーに気づかれないようにMAG本社を出ると自家用車に乗り込み、オフィーリアに指定された場所へ急ぐ。
「急げ。時間がない」
「はい、ソロモン最高経営責任者」
ソロモンがオフィーリアに指定された場所を目指したときだ。
ソロモンの乗った高級乗用車が突如として吹き飛ぶ。即席爆発装置の爆発だ。ソロモンは待ち伏せられていたのである。
「ソロモン・アンドロポフの排除を確認」
「オフィーリア最高経営責任者に連絡」
待ち伏せを行ったのはジェリコのコントラクターたちだった。
つまり、オフィーリアはソロモンを裏切ったわけだ。
「MAGは混乱状態です。経営幹部たちも我先にと逃げつつあります」
「この機を逃さず買収を。MAGを我々のものに」
MAGが最高経営責任者であるソロモンを失って混乱に陥る中でジェリコがMAGに対して敵対的買収を実行。MAGは瞬く間にジェリコに吸収合併されてしまった。
こうしてジェリコがMAGを入手したことでその政治的なバックを務めてきたレナトの権力が増大する中、ドミトリーは逆に僅かな戦力が残るのみとなる。
ここにきて大きくエデン内戦のバランスが変化した。
それに従って主要なプレイヤーたちも動き始めた。
「停戦を持ち掛けたい」
レナトはオフィーリアにそう相談していた。
「ドミトリーにはもはや戦争を続ける力はない。だが、エデン民主共和党と軍事救国評議会はまだ戦争を続けられる。そして、今や我々もエデンの二大民間軍事会社を有し、無視できない勢力になった」
「だから、停戦を、ですか?」
「ああ。これ以上争うことに何の意味がある? 私はドミトリーのような融通の利かない保守派ではない。もしアデルが改革を求めるならば受け入れよう。クリスティーナ・テヘーロ中将が権力を求めるなら与えよう」
「ゲヘナのテロ組織デモン・レギオンについては?」
レナトの説明にオフィーリアがそう尋ねた。
「ゲヘナの扱いも正せばいい。この件で失脚した人間たちをゲヘナに送り、勝利したものたちを逆にエデンに招く。それで問題は解決だ」
実にこれまで権力を握ってきた人間らしい発言をレナトがする。
「そこまで簡単にいくとは思えませんが、閣下が望むのであればこちらでも万全を期して停戦に臨みましょう」
「頼むぞ、オフィーリア最高経営責任者」
そしてレナトたちは停戦に向けて各陣営に交渉を打診。
ドミトリーはすぐに応じた。このまま戦えば彼が敗北するのは間違いないのだ。
「我々が交渉に応じる意味はない」
しかし、軍事救国評議会は応じようとしない。今やエデン統合軍を完全に併合したクリスティーナの軍事救国評議会はわざわざ停戦する必要などないのだ。
「さて、どうしましょうか?」
ファティマたちはただ動きを見定めようとしていた。
彼女たちには停戦に応じる前にやるべきことがあるのだ。
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