ワールシュタット作戦//仮初の同盟
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──ワールシュタット作戦//仮初の同盟
ファティマたちはアデルたちエデン民主共和党政権に協力するために、彼らの司令部を訪れた。司令部には国家保安委員会の将校や離反したエデン統合軍の将校がいる。
「状況はあまり芳しくない。我々は全戦線で押されている」
「戦力差は?」
「現状では2倍ほど」
「2倍ですか」
アデルの側にいるのは基本的に国家保安委員会の治安部隊であり、正面から敵の重装部隊と交戦することを想定しない。
対するドミトリーの側にいるのはエデン統合軍という純粋な軍事組織だ。
両者の間では兵士の質と数は当然として保有している戦闘装甲車両の質と数まで違う。軍隊と警察が戦争をすればどちらが勝つかは言うまでもないのだ。
「であるならば、ゲヘナから本格的に部隊を呼び寄せないといけないですね。装備はもちろん武器弾薬も大量に。軌道エレベーターはこちらで押さえていますから、それを使うことにしましょう」
軌道エレベーターはデモン・レギオンの手にあり、いつでも兵員と装備をエデンに送り込むことができる。
しかし、このことをシーは警戒していた。
「デモン・レギオンを呼んだのは最悪の選択になる可能性があります」
シーはアデルにそう何度も警告していた。
「しかし、我々は押されているのです。ドミトリーの側にはエデン統合軍とMAGがいる。この状況を打開するにはデモン・レギオンと手を結ぶよりほかないのです」
「敵の敵は味方ではないのですよ。敵の敵は、ただの敵の敵です」
「シー議長。理解してください。この戦争に勝つには手を結ばなければ」
シーの説得にアデルはそう返すのみ。
「では、こちらで彼らの信義について警戒することは構いませんね?」
「ええ。相手に不信を抱かれない限りには」
アデルの許可を得てシーはデモン・レギオン内に潜入工作員を送り込むことにした。
そんな中、ファティマたちはシーの予想通り裏切りの準備を。
「ワールシュタット作戦の発動はドミトリーとアデルを潰し合わせてからの方がいいですね。我々単独でエデン統合軍と国家保安委員会の両方を相手にするのは愚策です」
ファティマは次々に運び込まれてくる装備と人員をZEUSで確認しながら言う。
「ええ。そうね。裏切るまでは仲良くしておきましょう。それから」
「既に国家保安委員会が潜入工作員を忍び込ませようとしている、だって」
グレースの言葉をデフネが引き継いだ。
「エルダーお兄ちゃんがさ。国家保安委員会の息のかかった人間が忍び込んでいるって言ってるよ。どうする、お姉ちゃん?」
「今は何もしません。下手に排除しようとすれば相手に不信感を抱かせてしまいます。ですので、今はまだ何もしません。ただ情報は漏れないようにしましょう」
「オーケー」
ファティマがそう応じてデフネが頷く。
「では、まずはアデルたちに協力を。戦況はウェストサイドセクター・ワンに立て籠もるアデルのエデン民主共和党に対してドミトリーが攻勢を仕掛けているということです。ウェストサイドセクター・ツーが戦場になっていると」
ウェストサイドセクター・ワンに拠点を移したアデルを追撃するようにドミトリーは攻撃を仕掛けていた。
「アデルの側はウェストサイドセクター・ワンからウェストサイドセクター・ツーを奪取することでエデン民主共和党の延命を図っています。我々はこれに参加してドミトリーの側に損害を負わせましょう」
ドミトリーとゼレール元帥はウェストサイドセクター・ツーを制圧してからウェストサイドセクター・ワンへと攻撃を仕掛けるつもりだ。
「友軍は国家保安委員会の特殊作戦部隊と治安部隊です。正直、軽歩兵としての価値しかありません。ですが、攻撃の正面には彼らに立ってもらいましょう」
「こっちからはどの部隊を出す?」
「グリゴリ戦線に。というよりも、ゲヘナで募集した部隊を動員します。それからバーゲスト・アサルトにやってもらいたいことがあります」
「どういう仕事?」
「統合特殊作戦コマンドの動きを把握しておいてほしいのです。統合特殊作戦コマンドのクリスティーナ・テヘーロ中将も陰謀を画策しています。今まで暗殺などを繰り返して来たとの話ですから」
「それは確かに用心するべきね」
ファティマが警戒しているのは統合特殊作戦コマンドのクリスティーナの動きだ。彼女はドミトリーが率いるエデン統合軍から離反し、独自に行動している。
「それ以外は今はドミトリーに注力しましょう」
「レナトはどうなってるの?」
「レナト・ファリナッチはジェリコと一緒に立て籠もっているそうです。今のところ内戦に加わる気はないようですが」
レナトはドミトリーからエデン社会主義党を除名されたのちもドミトリーに対して敵対的行動を取っているわけではなかった。
「今はまだアデルに潰れてもらっては困ります。最善を尽くし、消耗戦を維持しましょう。ワールシュタット作戦の発動は繰り返しますがまだです」
「了解」
そして、いよいよエデンにおけるデモン・レギオンの作戦が始まる。
動員された質より量の部隊がトラックなどで展開を始め、ウェストサイドセクター・ワンからウェストサイドセクター・ツーに繋がる道路に向かう。
「ウェストサイドセクター・ツーでは現在友軍が交戦中。ドミトリーに忠誠を誓ったエデン統合軍部隊に対して国家保安委員会の特殊作戦部隊などが激しい市街地戦を繰り広げている」
イズラエルが集められたグリゴリ戦線の部隊の将校たちにブリーフィングを開始。
「我々はこれを粉砕し、ウェストサイドセクター・ツーを制圧。エデン統合軍に対して打撃を与える。そして勝利する」
「おお!」
「では、具体的な指示を出すのでよく聞くように」
人海戦術においては最初から全ての状況を想定して指示を下しておくことはできない。ひたすら数で戦線を押し上げる戦い方の場合、現場での判断が重要になってくる。
そこでグリゴリ戦線はデモン・レギオンに集った兵士たちの中から有望なものに対してフォー・ホースメンに依頼して士官・下士官教育を受けさせていた。
現場での判断は彼らが下すのでイズラエルたちはおおよその計画だけを伝える。
「以上だ。確実に目標を達し、勝利を」
そしてブリーフィングが終わり、部隊が配置に就く。
そこで動きがあった。
「アリスからの報告だ。MAGが攻撃準備を進めている。ウェストサイドセクター・ワンに向けての攻撃だ」
ジェーンがそうファティマに報告する。
「予想はできていましたね。ドミトリーの曾孫がMAGの最高経営責任者なのですからMAGはドミトリーに付くでしょうし、エデン統合軍を支えるはずです」
「ああ。しかし、MAGの全部隊が向かっているわけじゃない」
「と言いますと?」
「MAGとエデン統合軍の一部は核施設の奪還を目指しているらしい」
「ふむ。カイラさんが核を奪いましたからね」
ヴリトラ・ガーディアンズの最高経営責任者であるカイラは今もエデン統合軍の有する核兵器を奪い、さらには発射プラットフォームも準備し始めていた。
それを警戒したエデン統合軍とMAGは核施設奪還を急いでいる。
アリスが報告する限りではそのようになっていた。
「カイラさんが血迷って核を使わないのを祈るのみです」
ファティマはそう言って肩をすくめた。
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