内戦の序章//カウントダウン
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──内戦の序章//カウントダウン
シーはゲヘナ軍政府に奇妙な動きがあることを察知していた。
エデン統合軍がゲヘナ軍政府への命令を発しているものの、ゲヘナ軍政府がそれに応じないというものだ。
「ウェストモーランド少将は統合特殊作戦コマンド司令官のテヘーロ中将と何度も会っているな」
「はい、議長閣下。元々はウェストモーランド少将がテヘーロ中将の統合特殊作戦コマンドの指揮下の軍人だからと思われましたが、どうやらテヘーロ中将も今のエデンの体制に影響を及ぼそうとしているようです」
「反乱、か」
クリスティーナもまたクーデターを目論んでいることが分かっていた。
「アデル・ダルラン閣下と会って知らせる。アポを取ってくれ」
「畏まりました」
シーはアデルに状況を報告しに向かう。
「アデル。我々の他にもクーデターを起こそうとしている人間がいます」
「何ですって? 誰なのですか?」
「テヘーロ中将です。統合特殊作戦コマンド司令官の。この女は既にゲヘナ軍政府に影響を及ぼし、部隊を取り込んでいます」
「事前に拘束することは?」
「不可能でしょう。統合特殊作戦コマンドの精鋭が護衛についている。統合特殊作戦コマンドはエデン統合軍の中でも特殊な組織だ。精鋭としてのプライドがある」
「厄介ですね」
シーの報告にアデルが唸る。
「クーデターで我々が確実にエデンの政治中枢とエデン社会主義党の党幹部を押さえられれば、統合特殊作戦コマンドにもできることは少ないはずです。統合特殊作戦コマンドが精鋭でも軍の一部門に過ぎない」
「では、クーデターについて具体的に進める時が来ましたね」
アデルがそう言う。
「まずエデン統合軍の司令官たちをエデン統合軍内の国家保安委員会の捜査官たちが拘束し、軍の動きを阻止する。ゼレール元帥が付いているドミトリーは間違いなく、軍を使ってクーデターに対抗するはずですから」
「そのための準備はできています」
「それは何より。ですが、脅威となるのはエデン統合軍だけではありません。MAGやジェリと言った民間軍事会社もまた脅威です。特にMAGは間違いなくドミトリーの側につきます」
「排除する必要があります。こちらの潜入捜査官をMAGを始めとする大手民間軍事会社に潜入させてはいますが」
アデルの言葉にシーがそう応じる。
「彼らに行動を取らせれば内戦になります。その場合、戦力規模で劣る我々の側が劣勢となるでしょう。その場合にも備えておかなければ」
「まさかデモン・レギオンを使うつもりですか?」
シーはアデルの発言を牽制した。
「我々には戦力が必要です。今の貴族化したエデン社会主義党を崩すために、その点においてデモン・レギオンは我々のよき同盟者になってくれるはずです」
「彼らはテロリストです。信頼すべきではない。いつ彼らの銃口が我々の方を向くのかは分からないのですから」
「国家保安委員会だけではエデン統合軍に勝てない。エデン統合軍に敗北しても我々は銃殺されるのです。であるならば、巻き込めるものを巻き込んで混乱を起こすべきです」
「分かりました。そうであるならば、こちらでも警戒はしておきましょう」
「頼みますよ」
アデルがそう頼んだ時、シーのZEUSに何かの着信があった。
「どうしました?」
「不味いことになりました。ドミトリーとゼレール元帥がゲヘナへの核攻撃を実行しようとしています。その計画案を我々の潜入捜査官が入手しました」
「核攻撃ですか? なるほど。その方法で解決しようというつもりですか」
「どうします?」
シーがアデルに尋ねる。
「暴露します。ドミトリーがゲヘナを核攻撃しようとしていることを。それによって相手の動きを封じましょう。既成事実となる核攻撃が行われる前に計画が暴露されれば釈明に追われるはずです」
「分かりました。そちらに入手した情報を送ります。適切に処理を」
アデルがシーからゲヘナ核攻撃計画についての情報を受け取り、早速動き始めた。
緊急会見の場が設置され、アデルがエデン社会主義党の党幹部として出席。
「皆さん。私はここにある情報を持っています」
アデルがカメラや拡張現実デバイスに向けて語る。
「それはゲヘナ軍政府の同志たちが今も戦っているにもかかわらず、ゲヘナを核攻撃しようという卑劣な計画です! ゲヘナを核攻撃することでこれまでの軍の失態を帳消しにしようというあまりにも短絡的な計画!」
アデルが列席したものたちにドミトリーとゼレール元帥の署名入りの計画案を見せ、さらには配布していく。
「このような行為を我々は許すべきではありません! エデン統合軍及び民間軍事会社はちゃんとした説明を行い、敗北の責任を取るべきです! 我々は断固として核攻撃に反対します!」
この知らせは瞬く間にエデン中を駆け巡り、核攻撃のことを知らされていなかったエデン統合軍の司令官やMAG、ジェリコの重役からゼレール元帥への問い合わせと批判が相次いだ。
「こうなっては核攻撃など行えないぞ、ドミトリー」
「分かっている。情報が漏れている。恐らくは国家保安委員会だ。シー・ヤン議長め。我々を裏切っているな」
ゼレール元帥が訴えるのにドミトリーが呻く。
「私もエデン統合軍の司令官たちに根回しをしておく。そちらも核攻撃に対する賛同を得てくれ。他に方法はないのだということを念押しするんだ」
「難しいぞ。ゲヘナ軍政府を見捨てるようなものだとアデルは宣伝した。そうなると同じ軍人を見捨てることに忌避感を覚えるものは多いだろう。他の方法を考えた方がいいかもしれない」
「馬鹿を言うな。核攻撃以外の通常戦力で解決しようとすれば時間がかかりすぎるし、アデルはゲヘナの反政府勢力と講和をすると言いだしているのだ」
「しかし、この状況で核攻撃を行う方が難しい」
「何とか根回しをしてくれ。頼むぞ」
「分かった。やれる限りのことはやっておこう」
渋々というようにゼレール元帥が会談が行われているリムジンの席で頷いた。
だが、情報が漏れたのは同じエデンの人間だけではない。
「エデン統合軍がゲヘナに対して核攻撃を行う準備を進めているそうです」
デモン・レギオンにもその情報は渡り、ファティマからそれぞれに伝えられた。
「そいつは不味いね。核攻撃なんてされたらたまらないよ」
「ええ。しかし、エデンはゲヘナを放棄するつもりでしょうか?」
デフネとシシーリアがそれぞれそう言う。
「核攻撃を主張しているのはエデン社会主義党でも幹部のドミトリーを始めとする保守派だけのようです。他は核攻撃に批判的だとか」
「それならば先に核兵器を押さえるというのもプランのひとつ」
「ですね。幸いにして我々に講和を求めて来たアデルの派閥は核攻撃に反発しています。こちらが協力を申し出ればきっと受け入れることでしょう」
グレースが言い、ファティマが頷く。
「では、誰が核兵器の確保に向かう?」
「バーゲスト・アサルトかイェニチェリ大隊。他には……」
ファティマが考え込む。
「あたしたちが引き受けよう」
「おや。カイラさん、あなたたちがですか?」
声を上げたのはヴリトラ・ガーディアンズの最高経営責任者であるカイラだ。彼女がにやりと笑って自分の存在を示した。
「ああ。エデンには多少なりと知識があるし、練度も問題ない。任せてくれるか?」
「分かりました。任せます、カイラさん」
そして、ファティマがカイラにそう頼んだ。
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