交渉//スタート
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──交渉//スタート
「ドミトリーは未だに純粋な軍事力だけで反乱が鎮圧できると思っている」
アデルは不満げに国家保安委員会議長シーに語った。
「対反乱作戦の基礎すら理解していない民間軍事会社では反乱を鎮圧することはできないでしょう。しかし、あなたはどうなさるつもりですか?」
「予定通りドミトリーとレナトを排除する。クーデターの準備は進んでいる」
シーが尋ねるのにアデルがそう答える。
「しかし、そのために必要なものがある。ゲヘナの一時的な安定だ」
「クーデターの最中にゲヘナで揉め事を起こされるのは確かに困りますな」
「だから、我々はゲヘナを味方に付けるべきと考えている」
「ゲヘナを?」
アデルの言葉にシーが眉を歪めた。
「ゲヘナの反政府勢力と交渉する。私との休戦、あるいは同盟を持ちかけたい」
「それはダメです。絶対にいい結果にはなりません」
アデルの意見をシーが断固として否定。
「ゲヘナの反政府勢力の反エデン感情は恐ろしく深いものです。交渉できるなどと思ってはいけません。少なくとも向こうから譲歩するのを待つべきです」
「それではドミトリーやレナトと変わらない。ゲヘナはエデンを維持する上でも必要であり、皆殺しにするわけにはいかない」
アデルはシーにそう反論を続ける。
「それに我々のクーデターにおける戦力は今のところ国家保安委員会のそれしかない。クーデターが失敗し、内戦になった場合の戦力が乏しい」
「まさかゲヘナの反政府勢力をエデンに呼び込むと?」
「そうです。戦力として味方に付ける。それが必要であると考えている」
シーが訝しむのにアデルはそう返す。
「絶対にいい結果にはなりませんが、本気なのですね?」
「本気だ。だから、ゲヘナに交渉に向かわなければならない」
アデルはシーにそう伝える。
「護衛部隊を準備してほしい。それからゲヘナの反政府勢力──デモン・レギオンとの交渉の場のセットも頼みたい。なるべく早く会っておきたい」
「分かりました。手配しておきましょう。ですが、連中を信じすぎてはなりません。連中は恐ろしいまでに反エデン感情を持っています。隙を見せれば噛まれます」
「分かっている。では、可能な限り早く頼む」
アデルがそうシーに頼んでから7日後に準備が整った。
「アデル・ダルラン閣下。ライオンハート特殊任務旅団のルイス・ミーケル少将です。今回はそちらの護衛を仰せつかっています」
「ありがとう、ミーケル少将。お願いしたいことはいろいろとある。まずはゲヘナ軍政府に気づかれないようにゲヘナに向かいたい」
「手配します」
アデルの指示を受けてミーケル少将がゲヘナに密かに向かう準備を始める。
同時にシー指揮下の国家保安委員会の潜入捜査官たちが密かにファティマたちに接触し、会談の準備を始めた。
ミーケル少将が準備を整え、シーがゴーサインを出したのはデモン・レギオン側の反転攻勢レヴィアタン作戦の成功から10日後のこと。
「閣下。我々は国家保安委員会の権限でゲヘナに向かいます。閣下が向かうことは知らされていません。あくまで密かに向かうことになります。ですが、護衛は我々が行いますのでご安心を」
「分かった。行きましょう」
そしてアデルたちがゲヘナへと向かう。
ゲヘナにおいてゲヘナ軍政府はまだ軌道エレベーターがあるアルファ・ゼロ基地を押さえている。アデルたちは他のエデン社会主義党の党員に気づかれないように密かにゲヘナに降りた。
「相手方は会談に合意していますが、警戒は怠らないでください。いざとなればゲヘナ軍政府に通達し、部隊を動かします」
「分かった。そうしましょう」
ミーケル少将が言い、アデルが頷く。
それからアデルたちは車列で移動し、ゲヘナ軍政府とデモン・レギオンの双方が軍を置いていない中立地帯に向かった。
「ここで会談が行われる予定です。我々は周辺の確保を」
「私は中で待つ」
アデルたちは廃墟になったホテルに入り、周囲をライオンハート特殊任務旅団が確保する中でデモン・レギオン側の交渉役が来るのを待った。
「来ました。デモン・レギオン側の車列です」
「少将閣下に連絡せよ」
監視哨を作ったライオンハート特殊任務旅団の兵士がやって来たデモン・レギオン側の車列を見て報告するのにミーケル少将に連絡が向かう。
「閣下。デモン・レギオン側の人間が来ました」
「ああ」
そして、アデルたちがホテルの中で待つ中──。
「初めまして、アデル・ダルランさん。ファティマ・アルハザードです」
姿を見せたのはデモン・レギオンのトップその人であるファティマだった。
「交渉に応じてくれて嬉しく思う、ファティマさん」
「まだ応じると決めたわけでは。これからの話し合い次第です」
「もちろんだ。有益な話し合いになることを願う」
ファティマが慎重に言い、アデルもそう応じた。
「まずこの戦争を終わらせることについて話し合いたい。ゲヘナにおける戦闘を停止することとしてどのようなことを求めるだろうか?」
「そちらはどのような提案を?」
ファティマはアデルにそう尋ね返す。
「我々としてはまずゲヘナ軍政府を廃止するつもりだ。ゲヘナの統治は選挙で選ばれた民主的自治政府によって行われるべきであると考えている」
「選挙なんてエデンでも行われていないのにですか?」
「そう、エデンにあるのも民主的な政府とは言えない。我々はゲヘナだけで改革を行うのではなく、エデンにおいても改革を行う必要がある」
ファティマの指摘にアデルが頷く。
「今のエデンで問題になっているのは貴族化した特権階級だ。高度な医療と縁故人事によってエデン社会主義党、そしてエデンの政治経済における重要なポストは決まった人間とその家族で占められてしまっている」
「そのようですね。しかし、それを変えるのはクーデターでも起こすしかないのでは? 普通に彼らを追放しようとしても抵抗されますよ」
「その通りだ。クーデターを起こす必要がある」
「本気ですか?」
アデルが言い放ったのにファティマが眉を歪めた。
「本気だ。だから、我々はゲヘナにおいて責任ある人間が実権を握るのを望んでいる。願わくば我々の改革に賛同してくれる勢力がゲヘナを統治してくれることを」
「なるほど。クーデターの最中にエデンが戦火に飲み込まれるのは避けたい、と」
「そういうことになる。エデンの新体制にはあなたたちも加えるつもりだ」
ゲヘナが混乱している状況でクーデターでさらなる混乱を起こせば、混乱が制御不可能になる可能性がある。アデルはそれを防ぎたいのだ。
「分かりました。そちらがことを起こす際には協力しましょう。エデンの新体制がゲヘナに暮らす私たちに報いてくれると信じて」
ファティマはそうアデルに約束した。
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