大混乱//鹵獲
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──大混乱//鹵獲
「しかし、敵の航空基地はゲヘナ軍政府支配地域であり、厳重に警備されているでしょう。今の状況で下手に大規模な地上部隊を動かせば敵の航空戦力に袋叩きにされてしまいますよ」
「ええ。そうです。ですので、作戦を担当するのは少数精鋭。そして、その侵入手段も迅速かつ密かに行えるものとします」
「具体案を聞かせてください」
イズラエルの言葉にシシーリアが尋ねる。
「まず敵のパワード・リフト輸送機を鹵獲します。敵に気づかれないように」
「それは難しいのでは?」
「簡単ではありませんが既に無数のジェリコ所属のパワード・リフト輸送機が展開しており、鹵獲の機会は皆無ではありません」
イズラエルの作戦は大胆だった。
敵のパワード・リフト輸送機を鹵獲して、それによって敵の航空基地に忍び込もうというのである。
「パワード・リフト輸送機を鹵獲するためにまずは敵の空中機動部隊が頻繁に展開している場所に忍び込みます。敵は索敵撃滅作戦を展開させている以上、こちらの価値ある目標を攻撃することを考えれば敵を誘導可能です」
「その後は?」
「フォー・ホースメンから供与された兵器を使います。電子励起爆薬です」
「フォー・ホースメンがそれを?」
「我々が壊滅することを彼らは望んでいないのですよ」
フォー・ホースメンは大量破壊兵器である電子励起爆薬をグリゴリ戦線に供与していた。以前ファティマもこの爆薬でMAGの基地を吹き飛ばしている。
「まずパワード・リフト輸送機を鹵獲。その後我々の部隊と爆薬を離れた場所で積み込み、その後は航空基地に直進。そして、爆薬で航空基地を吹き飛ばす」
「シンプルではありますが、難しい判断を強いられる作戦になりそうです」
「その通りです。ですので、指揮は私が執ります」
シシーリアの言葉にイズラエルがそう申し出た。
「いいえ。難しいからこそ私がいかなければなりません。インナーサークルも動員しましょう。何としても今の状況を凌がなくては」
「しかし!」
「お願いです。私に任せてください、イズラエル。幸いファティマさんとサマエルさんも来てくれました。きっと大丈夫ですよ」
「もう何を言っても聞いてくれそうにありませんね。では、こちらでも可能な限り支援しましょう。作戦の準備を」
イズラエルはシシーリアの意見をため息交じりに受け取り、そして準備を始めた。
「ファティマさん、サマエルさん。よろしくお願いしますね」
「ええ。任せてください」
それから準備が整ったとの連絡がイズラエルから入り、ファティマたちがタイパン四輪駆動車や旧式の軍用トラックで作戦開始地点に向かう。
「イズラエル。準備が出来たと聞きました」
「準備はできています、シシーリア」
作戦開始地点は地下鉄の駅と複合した商業施設跡だった。
そこでイズラエルたちが準備を終え、いつでも作戦を開始できるようにしている。
「まずこちらの望む地点にジェリコの空中機動部隊を釣りだします。それについては順調に進んでいると言っていいでしょう。既にこちらの潜入部隊が何機ものドローンが現地を偵察しているのを確認しました」
「空中機動部隊を釣りだしたら、後はパワード・リフト輸送機を鹵獲ですね」
「それについてもいいニュースが。ジェリコはゴースト機のパワード・リフト輸送機を使用しているのが確認されました」
「無人運用ですか」
ゴースト機は本来有人運用するものを無人機として運用していることを指す。
「だから、騙せます。敵を騙し、パワード・リフト輸送機を頂戴しましょう」
「しかし、高度軍用グレードの妖精管制の場合、それをハックするのは難しいのでは」
「確かに簡単にはいかないでしょう。しかし、これまでの戦闘で地上にパワード・リフト輸送機を誘導し、手榴弾などで撃破する戦術はあります」
「ふむ」
「しかし、犠牲を払う覚悟が必要です」
つまり死体の山を積み重ねてパワード・リフト輸送機を強奪しようというわけだ。
「あの、ボクが役に立てると思う」
「そうです! サマエルちゃんにハックしてもらいましょう」
サマエルがおずおずと申し出るのにファティマが声を上げた。
「できるのですか?」
「うん。多分、だけど……」
イズラエルが怪訝そうに尋ねるとサマエルがファティマの陰に隠れてそう返す。
「そうですね。お願いします、サマエルさん。あなたのおかげで犠牲が抑えられるかもしれません」
「頑張って、みる、うん……」
シシーリアが真剣な表情でサマエルを見てサマエルも真面目に頷いた。
「分かりました。ですが、サマエルさんが失敗した場合に備えての作戦計画については送っておきます。パワード・リフト輸送機の誘導方法が記されていますので、いざという場合は使ってください」
「ありがとう、イズラエル」
イズラエルが作戦計画をシシーリアの端末に送信。
「作戦地域までは地下鉄の路線を使って向かってください。既に安全は確認してあります。その上でこちらで準備した斥候が誘導します」
「分かりました。では、始めましょう」
イズラエルとの作戦会議を終えてシシーリアがインナーサークル、そしてファティマとサマエルを連れて動き出す。
「地下鉄に降りてそこから戦場へ」
「了解です」
ファティマたちは地下鉄だったトンネルに降りた。地下深くを走るトンネルは暗く、辛うじて設置されたケミカルライトで進行方向が分かるのみだ。
「シシーリア様。ここは我々が前を」
「分かりました。任せます、クラウディア」
「では」
ここでイズラエルの準備した斥候の後ろにクラウディアたちインナーサークルのメンバーが続いた。シシーリアが連れて来た12名のインナーサークルのメンバーのうち半分が前方、半分が後方へと回る。
「サマエルちゃん。通信の傍受をお願いします」
「うん。任せて」
サマエルはファティマの要請でジェリコ及びゲヘナ軍政府の通信を傍受して、ファティマの端末へと転送した。
『サイクロプス・ゼロ・ワンより各機。狩りの時間だ。射撃自由。グリゴリ戦線のクズどもを叩きのめせ』
『了解』
ジェリコの血気盛んな通信内容が響いてくる。
「どうやら敵は釣れたようですよ」
「いい知らせです。まずは成功ですね」
ファティマたちは爆発音が響く方向に向けて進み続けた。
「そろそろ出口だ。警戒してくれ!」
「了解!」
そしてついに地上へと出る。
地上は戦場だった。多数のパワード・リフト輸送機が飛来し、ドローンが猛烈な爆撃を仕掛けている。
「これは思ったより激しいですね」
「ええ。空挺戦車まで投入されています。本格的な空中機動部隊ですね」
パワード・リフト輸送機が次々に飛来してはアーマードスーツや空挺戦車を投下し、さらにバルチャー攻撃機などのパワード・リフト攻撃機が地上に大量の爆薬を叩きつけていった。
「あそこに飛び込んでパワード・リフト輸送機をいただくわけですね」
「そうしなければ我々が全滅するまで永遠にあれが続きます。やりましょう」
「了解です」
ファティマたちは戦場に飛び込んでいく。
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