大混乱//ジェーン・スミス
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──大混乱//ジェーン・スミス
ソドムの一連の仕事が終わってから数日後。
「よう、ファティマ。調子はどうだ?」
ジェーン・スミスが様子を見に兵舎を訪れた。
「まあまあですよ。フォー・ホースメンとソドムからはかなりの信頼を得た感じです」
「そいつは結構。グリゴリ戦線とはどうだ?」
「今の状況がよく分かりません。何か情報は?」
「噂だが内紛が起きているらしい。お前も何か知っていたんじゃないか?」
「確かに今の指導体制に不満を持っている派閥は存在するようでしたが」
「そいつらだろうな。ゲヘナ軍政府からもう攻撃を受けている中でも内紛の類がおきているということは。ゲヘナ軍政府はここぞとばかりにグリゴリ戦線を攻撃している」
「不味いですね。もし体制がひっくり返るようなことがあれば、これまで私が仕事を果たして稼いできた信頼がパーになります」
ファティマがグリゴリ戦線の仕事で稼いできた信頼はシシーリアのものだ。彼女が失脚するとファティマの信頼はゼロどころかマイナスになりかねない。
「じゃあ、助けないといけないな。よければ私をグリゴリ戦線の連中に紹介してくれないか? これまでお前を各勢力に紹介してやっただろう?」
「構いませんが、あなたは元エデン社会主義党の党員だったということが事実なら彼らに吊るされかねませんよ」
「ふん。構わんさ。昔の話だ。それも大昔の話」
「そうですか。では、行きましょう」
ファティマは少し気が進まないながらもジェーンをタイパン四輪駆動車に乗せてグリゴリ戦線の支配地域を目指した。
「お姉さん。ジェリコの通信がかなり頻繁に交わされているよ。攻撃の最中かも……」
「ゲヘナ軍政府による攻撃を受けているとのことでしたが警戒すべきですね。引き続き通信傍受をお願いします、サマエルちゃん」
「分かったよ」
サマエルがジェリコやゲヘナ軍政府部隊の動きに警戒する中、ファティマたちはグリゴリ戦線の支配地域に入った。
「止まれ!」
グリゴリ戦線の検問が設置されており、ファティマたちの乗ったタイパン四輪駆動車に手を振ってくる。
「どこのどいつだ?」
「ファティマです。ファティマ・アルハザード。確認してください」
「確認した。傭兵だな。我々に何の用事だ?」
「何か仕事があれば、と」
「そうか。では、この拠点に向かえ。それから攻撃に気を付けろ」
「了解。ありがとうございます」
ファティマは検問の兵士に礼を述べると再びタイパン四輪駆動車を進めて指定された拠点を目指す。
「着きましたね。行きましょう」
ファティマたちは拠点となっている旧世界において銀行だった建物に入った。
「あんた、噂の傭兵か? シシーリア様が待ってるぞ」
「どうも」
「だが、後ろの連中は?」
「相棒と友達です」
「分かった。だが、変な真似はするなよ」
グリゴリ戦線の兵士から拡張現実で表示される道案内のデータを貰い、ファティマたちはシシーリアのいる場所に向かう。
「──大隊は現在地を死守してください。敵がそれによって戦力を拘束されている隙に遊撃部隊が側面を突きます。正面からの攻撃は絶対に避けるよう厳命してください」
シシーリアが指示を出す声が聞こえてくる。
「失礼します」
「ああ。ファティマさん、サマエルさん! 来てくれましたか!」
ファティマが部屋に入るとシシーリアが笑みを浮かべてファティマの方を見て来たが、その顔には疲労の色が見えた。
「かなり不味い状況のようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないですね。そちらの方は?」
「ジェーン・スミスさんです。私のことをフォー・ホースメンに紹介してくださった方になります」
シシーリアがジェーンを見て尋ねるのにファティマがそう答える。
「そうですか。噂ではエデン社会主義党の幹部だったと聞いていますが」
「昔の話だ。今はエデン社会主義党を憎んでいる。そちらと同じようにな」
「ふむ。敵ではないと?」
「ああ。私の目的もファティマと同じだ。理由も似たようなもの」
「分かりました。これからどうぞよろしく」
「こちらこそ、な」
シシーリアが少し警戒しながらもジェーンを受け入れた。
「お手伝いできそうな仕事はありますか?」
「ありますよ。まず状況を説明します」
ファティマが尋ねるのにシシーリアが説明を始める。
「まず我々は現在ジェリコによる大規模な攻撃を受けています。敵は航空機による爆撃と空中機動部隊による索敵撃滅作戦を展開中で、既にグリゴリ戦線支配地域の10か所以上の地点が制圧されました」
攻撃を仕掛けているのはジェリコだ。
「人員にも膨大な被害が出ています。装備にも」
「航空戦力が敵の主戦力ですか?」
「ええ。地上部隊の進軍は今は阻止できています。敵は我々を航空攻撃で十分に叩いてから前進するつもりのようなのでこれから大規模な攻撃が予想されますが」
「ふむ。となると、どうするべきでしょうね。ソドムから武器を購入しては?」
「残念ですが資金不足です。彼らは旧式のMANPADSの供与など最低限の支援はしてくれていますが」
貧乏なグリゴリ戦線に航空戦力などなく、敵の航空戦力を防ぐのは地対空兵器による攻撃しかない。
「根本的な解決のための作戦をイズラエルに立案するように頼んでいます。間もなく、前線の偵察を終えた彼が戻ってくるはずです」
シシーリアがそう言った時、丁度イズラエルが戻って来た。
「イズラエル。作戦は立案できましたか?」
「ええ。まずこちらの防空コンプレックスは全くジェリコに通用していません。敵のドローンによるスタンドオフ攻撃で叩かれ、MANPADSやテクニカルの類も敵を捕捉する前に撃破されています」
イズラエルがそう報告する。
グリゴリ戦線はMANPADSはもちろん機関砲を搭載したピックアップトラック──テクニカルでジェリコの航空戦力を迎撃していた。しかし、それらはあまり有効ではないということが分かっている。
「では、どうすれば?」
「航空戦力がもっとも脆弱な時間に叩きます。既にそのための偵察を始めています」
「航空戦力がもっとも脆弱な時間? 夜間ですか?」
イズラエルの説明にシシーリアがそう尋ねる。
「いいえ。航空機をもっとも効率よく撃破できるのはそれが地上にいる時です。つまり我々は敵の航空基地を襲撃し、破壊工作を行うべきなのです」
「なるほど」
航空戦力を地上で撃破するのがもっとも効果的なのはイスラエル空軍が第三次中東戦争で示したことが代表的だ。
旧世界の空軍はこれを避けるために耐爆バンカーなどで航空機を守っていたが、このゲヘナにおいてジェリコはそうではない。彼らは敵の航空攻撃を受けるなどとは思っていないのだ。
当然ともいえる。グリゴリ戦線にある航空戦力は小さなドローン程度だ。
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