プリンス//特定
……………………
──プリンス//特定
フォックスロット・ワン基地の警備が厳しかったのは出入り口周辺だけであり、内部にはさしたる人員が配置されていなかった。
「オーケー。目的のサーバーです。しかし、情報が暗号化されていた場合、どうするのでしょうか?」
「それは私たちが考えることじゃない」
「ですね。では、情報を抜き取りましょう」
ファティマはすぐさまZEUSを通じてサーバーにアクセスするが、彼女は暫く端末を操作した後に渋い顔をする。
「ダメです。持ち出しが規制されています。データを抜いて持ち帰るのは難しそうです。どうしますか?」
「ドライブを抜き取っていこう。サーバーは爆破する」
「了解です。その手で行きましょう」
マムルークの指示を受けファティマはサーバーを開くとドライブを抜き取り、リュックサックに収めた。
「抜き取りました、爆薬を」
「セットした。脱出と同時に爆破する。急ぐぞ」
ファティマとマムルークは爆薬を仕掛け終えるとサマエルとともにフォックスロット・ワン基地の施設から脱出。すぐさま待っていたバトラー大尉のタイパン四輪駆動車に乗り込んだ。
「出してくれ、すぐに」
「あいよ」
マムルークの言葉にバトラー大尉がタイパン四輪駆動車を出し、フォックスロット・ワン基地の敷地を出た。
「そろそろですね」
「ああ。爆破だ」
マムルークが起爆スイッチを押し、遠くから爆発音が響く。
「おい。何しやがった?」
「仕事だ。文句は言うな。金は貰っただろう」
「クソ。憲兵にマークされないといいんだが」
バトラー大尉はそう言いながらも迅速にフォックスロット・ワン基地を離れ、ゲヘナ軍政府支配地域に警戒態勢が発令される前にファティマたちを元来た充電ステーションに送り届けた。
「じゃあな。後は上手くやってくれ」
「もちろんです」
バトラー大尉は逃走。ファティマたちも急いでゲヘナ軍政府支配地域を脱出した。
そして、ソドムの拠点へと舞い戻ったのだ。
「やあ。どうでしたか?」
「成功したと思います。情報は抜きとれなかったのでドライブを外して持って来ました。そちらで解読できそうですか?」
「やってみましょう」
ファティマはエルダーに持ってきたドライブを渡し、エルダーから電子情報を扱うソドムの部署に渡される。そこで暗号化された情報が解読された。
「プリンスが特定できました」
エルダーがそう宣言する。
「では、ついにですね」
「ええ。一緒に行きましょう。抵抗されたくはありません」
「了解」
ファティマたちはエルダーに同伴してソドムの拠点内を進む。
「ここです」
「ここはどの部署です?」
「よりによって情報管理ですよ」
「あれま」
ラザロの潜入工作員は最悪の場所にいた。ソドムの防諜部門だ。
「静かに。そして、確実に目標を捕えますが事前に言ったように殺しはなし」
「ええ。行きましょう」
情報管理の部署にエルダーがファティマたちを引き連れて入る。
「レベント・バルカンさんはいるかな?」
「ああ。エルダー様。バルカンなら執務室です。どうぞ」
「ありがとう」
秘書の案内を受けてエルダーたちが潜入工作員レベントの執務室へ。
「やあ、レベントさん。今日は何の話で来たのか分かるかな?」
「……おおよそは」
どうやらレベントは観念していたようだ。ただ執務室の椅子に座り、抵抗もせずにエルダーとファティマたちを出迎えた。
「君には選択肢がある。嬉しいことにね。ひとつは君はボス・アヤズに裏切りを告白してデフネに処刑されるという選択肢。正直お勧めはしない」
「他に道があると?」
「もうひとつは私に協力し、これからラザロやゲヘナ軍政府ではなく私のために働くということだ。もちろん給料は上乗せしよう。リスクを冒す価値がある分はね」
「それであなたは私を許すと?」
「この仕事では恨みなどの単純で衝動的な感情で動くべきではないと分かっているだろう?」
「確かに」
エルダーの言葉にレベントが頷く。
「よろしければ後者の選択肢を選びたいですね、エルダーさん」
「では、これからは私に仕えるように。君が私を裏切らない限り、私も君を裏切らない。約束しよう。指示は追って出す」
「分かりました」
こうしてレベントはあっさりと寝返った。
「上手くいきましたね」
「金で動いている人間はリスクは冒しませんよ。金で動く程度なら金で寝返らせられる。そして金以上のことはしない」
ファティマは感心するのにエルダーが説明。
「多くの汚職軍人と同じように彼らも金で動くだけ。思想がないし、この世界で思想なんてのは何の役にも立ちはしない。エデン社会主義党ですら社会主義的な思想をもはや看板に飾っているだけ」
「グリゴリ戦線は?」
「彼らも結局のところエデンからのゲヘナの搾取をやめさせたいだけで金のためじゃあないですか」
「ふむ。そうとも言えますが」
「思想で遊ぶという自由が許されたのは余裕があった旧世界だけのこと。全ては過ぎ去った過去のことですよ」
ファティマが唸るのにエルダーがそう言って肩をすくめた。
「それでは仕事は終わりです。ご苦労様でした。報酬を」
「どうもです」
エルダーがファティマの端末に送金し、ファティマはそれを確認。
「マムルーク。ファティマさんとサマエルさんを送ってください」
「了解した。こっちだ」
前の仕事のように帰りはマムルークが送り届けることになった。
「当然カーター先生に会って帰りますよね?」
「……できれば。しかし、その、ミアは私のことをどう言っていた?」
「いい友人であると仰ってましたよ」
「そうか。うん、そうか」
ファティマが言うのにマムルークが少し頬を赤くして頷く。
「では、まずはウェストロード医療基地へ」
ファティマたちはミアがいるウェストロード医療基地に向かった。
「カーター先生を呼んできますね」
「い、忙しかったら無理して呼ばなくてもいいぞ」
「分かってますって」
そう言いながらファティマはミアを呼ぶ。
「ああ。マムルーク! また来てくれたんだね!」
「あ、ああ。今日は渡したいものがあって」
ミアが笑顔でマムルークを出迎えるのにマムルークがリュックからガラス瓶を取り出した。ガラス瓶の中には琥珀色の液体がある。
「最近手に入れたウィスキーだ。よければ飲んでくれ」
「高かったんじゃないかい?」
「気にしないでくれ。お前には世話になったからな……」
ミアが戸惑うのにマムルークがはにかみながらもそう言って高い天然のウィスキーをミアに渡した。
「では、一緒に楽しまないかい? 私がひとりで飲んでも楽しくないからね」
「いいのか? その、どこで?」
「私の家だよ。招待するよ」
「分かった。では、よろしく頼む」
「ああ。もう少しで終わるから待っていてくれ」
ミアはそう言って一度診察室に戻った。
「ふたりともいい感じですね」
「そうだね。凄く仲良しって感じがするよ」
マムルークとミアの様子を見てファティマとサマエルはにやにやと笑っていていた。
「もちろん、私たちも仲良しですよ、サマエルちゃん?」
「うん。仲良しだよね」
そう言ってファティマとサマエルはともに微笑んだ。
……………………