プリンス//フォックスロット・ワン基地
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──プリンス//フォックスロット・ワン基地
「プリンスは存在するし、我々は容疑者を絞っています」
ソドムの拠点でエルダーがそう説明。
「ですが、前のような方法で候補者を絞るには重要な位置におり、情報がこれ以上漏れると致命傷になりかねません」
「では、どのような方法で潜入工作員の特定を?」
エルダーが肩をすくめるのにファティマがそう尋ねた。
「ラザロのデータベースを盗み見ることです。それが一番手っ取り早い。彼らが持っているスパイのデータベースさえ把握できれば潜入工作員は特定できますし、他の組織にもデータベースの情報は売れます」
「しかし、それを手に入れるのはちょっとばかり大変なのでは?」
「ええ。もちろん簡単にはいきません」
ファティマが懸念を示すのにエルダーは同意。
「目標のデータベースはまず間違いなくスタンドアローンだということ。ネットワークをハッキングして情報を手に入れることはできません。直接データベースがあるサーバーに向かう必要があります」
「サーバーの位置は分かっているのですか?」
「こちらの内通者の情報によればフォックスロット・ワン基地というゲヘナ軍政府支配地域の深部です。そこにラザロは拠点を置いています」
「ふむ。私もつい最近ゲヘナ軍政府支配地域深部に行ったところです。全く不可能というわけではないですね」
「では、お願いしましょう」
ファティマは最近ウィッチハント部隊の偵察のためにゲヘナ軍政府支配地域深部に侵入している。もっともバーゲスト・アサルトとともにだが。
「とは言え、私だけでは難しいですよ。支援していただかなければ」
「我々のコネを使いましょう。潜入には我々が手を貸します。それからマムルークも」
「妹さんは?」
「デフネですか? いや。これ以上ソドムで関係する人間を増やすのは好ましくありません。情報管理の観点から情報を知っている私が把握しておき、そして少数であることがいいのです」
「了解。何とかしますよ」
エルダーの言葉にファティマが頷いた。
「それから重要なことを。プリンスは殺害しません」
「おや。普通は見せしめでは?」
「幸いなことにプリンスの存在を知っているのは多くない。少数です。そのため見せしめに処刑してもあまり意味はない。むしろ、プリンスを転向させることでゲヘナ軍政府とラザロにこちらにとって都合のいい情報を流すのが得かと」
「なるほど。二重スパイというわけですか」
「そういうことです。常に嘘を流すわけではないですが、いつか嘘を流せばプリンスが流していた全ての情報をゲヘナ軍政府とラザロは信用できなくなる。時限爆弾のようなものになりうるのですよ」
エルダーは流石はソドムという組織で情報戦を指揮しているだけはあった。
「では、その方向で。まずは潜入することが必要ですよ」
「準備させます。暫く待機を」
ファティマたちはエルダーがゲヘナ軍政府内に飼っている内通者に連絡してファティマたちを侵入させるための準備を整えるのを待った。
そして──。
「準備ができました、ファティマさん、サマエルさん」
「具体的な計画をお聞きしてからですね」
「説明しましょう」
ファティマの言葉にエルダーが説明を始める。
「まず侵入ルートは我々が買収した検問を利用します。これが予定した侵入ルートですが、これで侵入できるのは途中まで」
「そこから先は自力でと?」
「いえ。こちらが買収したゲヘナ軍政府の軍人に運んでもらいます。問題のフォックスロット・ワン基地の内部まで」
「それは楽ですね」
エルダーの準備した手段は実にファティマにとって望ましいことだった。
「私も情報は欲しいですからね。確実に情報を得てきてもらわなければと頑張りましたよ。かなりの金もばら撒きました。結果を期待しています」
「ええ。お任せください。帰りも同じ方法で?」
「その通り。そのまま元来た道を引き返すだけです」
「了解。では、始めましょう」
ファティマとサマエル、マムルークは用意されたタイパン四輪駆動車に乗り込む。運転はマムルークに任せ、ファティマは警戒し、サマエルは通信傍受を。
タイパン四輪駆動車はソドム支配地域を出て、それからエルダーに指定された検問を通過していく。
「面白いように検問を抜けられますね」
「エルダーはこういうとき太っ腹だからな。大金を撒いた。そして、知っていると思うがゲヘナ軍政府の連中は端金で命をかける必要がある」
「人はいつの時代も金に弱いというわけです」
「金で買えないものなどないようにな」
ファティマとマムルークはそのような言葉を交わしながらゲヘナ軍政府支配地域にある充電ステーションを目指した。充電ステーションと言っても主要な場所からは外れ、今も本当に電気自動車に充電できるか不明だが。
「あんたらがエルダーの言っていた人間か?」
充電ステーションで待っていたのはアフリカ系のエデン陸軍将校だ。
「イエス。あなたがゲヘナ軍政府の汚職軍人?」
「バトラーだ。陸軍大尉。汚職軍人っていうのはやめろよ。俺はあんたらのために働いているんだぜ」
「それもそうですね。どうぞ、よろしく」
ファティマは問題の人物がなりすましでないかどうかの確認を生体認証で済ませ、間違いなく目的の人物であることを確認した。
「乗ってくれ。見られないうちに」
バトラー大尉がタイパン四輪駆動車の扉を叩き、彼自身は運転席に乗り込む。
ファティマたちが乗り込むとタイパン四輪駆動車はゲヘナ軍政府支配地域を深部に向けて進み始めた。
「いいか。フォックスロット・ワン基地の敷地には入れる。だが、建物に入れるかどうかは保証しないぞ」
「そこからは私たちがやりますから大丈夫です」
「それならいいが」
バトラー大尉はそう言うとゲヘナ軍政府支配地域内を進み続け、問題のフォックスロット・ワン基地に到着した。
「ここからはあんたらの仕事だ。見つかるなよ。俺まで捕まる」
「了解。帰りもお願いしますね」
ファティマたちはタイパン四輪駆動車を降り、さりげなくフォックスロット・ワン基地の施設に近づき警備体制を確認した。
「生体認証スキャナーと不審者検知プログラムというところでしょうか」
「だな。恐らく投影型熱光学迷彩も剥がされる」
「困りましたね」
ファティマたちは物陰からフォックスロット・ワン基地施設を見つめてそう話す。
「お姉さん。警備システムは停止させられると思うけど」
「おお。では、お願いします!」
「うん」
ここでサマエルが警備システムを停止させる。
「これで動いてないはずだよ」
「では、行きましょう」
ファティマたちは投影型熱光学迷彩を起動し、フォックスロット・ワン基地内へとついに侵入を開始した。
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