ビデルダ区域
「ねえ、本当に行くの? 立ち入り禁止区域だよ。それに危険な宇宙人が暮らしてるし」
私は不安を感じ、舞奈を見た。舞奈はまるで誕生日プレゼントを貰って喜ぶ子供のような目でビデルダ区域を見ている。三メートルほどの高さがある塀に囲まれたビデルダ区域の前には『立ち入り禁止』の看板が立てられていた。立ち入り禁止区域は危険度の低い順にD~A級までのランク付けがされている。その中でもビデルダ区域はA級の立ち入り禁止区域だった。
人間を主食とする宇宙人――ディアラーグ星人が棲み着いているため、ビデルダ区域は宇宙人管理委員会によってA級と認定された。宇宙人管理委員会は十年ほど前に邂逅を果たした宇宙人たちを管理する組織だ。地球で暮らす宇宙人のほとんどが様々な要因で故郷を失っている。故郷を失った宇宙人たちが移住先として選んだのが地球だった。そんな宇宙人たちに宇宙人管理委員会は土地を提供した。その土地を開拓して完成したのが立ち入り禁止区域だ。
「そんな不安がらなくても大丈夫だよ。宇宙人管理委員会との取り決めでディアラーグ星人は死刑囚しか食べないし」
舞奈は私を安心させるかのように微笑んだ。舞奈の言うように、宇宙人管理委員会はディアラーグ星人が無差別に人間を食べないように、定期的に死刑囚を提供する取り決めをした。要するに死刑囚をあげるから、他の人間は食べないでくれということだ。この取り決めは賛否両論を呼んだ。非人道的だという意見も多かったが、自分たちが食べられる危険性もあったため、最終的に国民は納得した。
今のところ、ディアラーグ星人は宇宙人管理委員会との約束を守り、死刑囚しか食べていないと聞く。しかし、中には欲を出し、こっそりと他の人間を食べている者がいるかもしれない。そう思うと、いくら取り決めがなされているとはいえ、安心できなかった。
「ほら、行くよ」
舞奈は私の不安をよそに塀の正面に備え付けられている鉄製の扉を開け、ビデルダ区域に足を踏み入れた。仕方なく私も後に続くと、民家らしき建物が目に入った。建物は同じ高さで隙間なく隣接し、道の両側に横一列に並んでいた。どの建物もコンクリート構造であり、道には正方形の石がきっちりと敷き詰められている。
舞奈は興奮した様子で左側の建物にゆっくりと近付いた。小さな窓を覗き込んだ瞬間、舞奈は驚いたように目を見開き、私を手招きした。
私は小首を傾げながらも、建物にゆっくりと近付き、窓を覗き込んだ。窓から見えたのは一糸まとわぬ姿の男が食われている光景だった。断末魔の叫びをあげる男と目が合ってしまい、私はゾッとした。
男は助けを求めるかのように、右手を窓に向かって伸ばした。男の動きに気付いたディアラーグ星人が窓を見た。ディアラーグ星人は漆黒の皮膚で口からはノコギリ状の歯が生え、鋭い鉤爪を持ち、尻尾が刃状になっている宇宙人だった。宇宙人管理委員会発行の図鑑で姿は知っていたが、本物の迫力は凄まじかった。
本能的にヤバいと感じて私は舞奈の手を掴んだ。急いで逃げようとしたが、いつの間にか数体のディアラーグ星人が後ろに立っていた。逃げることはできず、私たちは建物内に連れていかれた。
通された部屋の中央にはテーブルが一台に四脚の椅子が置いてあった。私たちは促されるままに椅子に座った。
「君たち、勝手に入ってきたらダメじゃないか。立ち入り禁止の看板が立ててあったはずだ」
リーダーと思しきディアラーグ星人が呆れたようにため息をつきながら、椅子に座った。私はどう返事をすればいいのか分からなくて俯いた。チラリと隣を見ると、舞奈も俯いていた。
「僕たちが人間を主食とする宇宙人ってことは知っているのかい? どうなんだい?」
リーダーのディアラーグ星人が私の目をジッと見つめてきた。視線を逸しながらも、私はゆっくりと頷いた。私たちも食べられるのだろうか。
「そんな怯えなくていい。宇宙人管理委員会との取り決めで、死刑囚以外は食べないから。土地を提供してもらった恩があるし、約束は守らないとね」
ディアラーグ星人はそう言って微笑んだ。その笑顔を見て私は少し安心した。ここから生きて帰れるかもしれないと思ったからだった。
「でも、勝手に入ってきたのだし、罰は受けてもらわないとね」
ディアラーグ星人はどこか不気味な笑みを浮かべた。その瞬間、視界の隅で何かが動いた気がした。
「――さよなら」
スパン、とイヤな音が隣から聞こえ、何かが顔に飛んできた。恐る恐る隣を見ると、舞奈の首から上が消え失せ、切断面から血が噴き出ていた。舞奈の生首が床に転がっているのが見えた。
「な、何で? 死刑囚以外は食べないって」
私は恐ろしくて逃げようとしたが、体が震えて動けなかった。ディアラーグ星人の尻尾にはべったりと血液が付着していた。刃状の尻尾で舞奈の首を切断したのだと分かった。
「ん? 宇宙人管理委員会との取り決めは死刑囚以外は食べないってことだけだよ。殺してはいけないとは約束してないよ。だから殺したんだ」
「そ、そんな!」
「君も同じところへ送ってあげるから安心しなよ」
刃状の尻尾が迫ってきたが、私はまったく反応できなかった。
そして――首を切断された。
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