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依頼書の子ども


「なっ……!」


 見えたのは、頭。それはあきらかに人のものだった。

 慌てて革袋を短剣で裂き破れば、その全貌が現れる。

 膝を抱えて丸まっていたのは、まだ年端もいかない子どもだった。簡素なシャツとハーフパンツ。とにかく貧相な身なりの少年だ。

 頬はこけ、手足は棒のように細い。最果ての村の子どもだってまだマシだと思えるほど、どこもかしこも痩せきった体。それでいて、毛先の透けるホワイトブロンドの珍しい髪がやけに浮いていた。

 これには、さしものジルベールも狼狽する。


「うわ、えっ……し、死体!?」


「焦んな、まだ生きてる。……が、危険な状態だな」


 ぐったりとしていて意識がないだけでなく、全身が焼けるように熱い。高熱に魘されているだけならまだしも、あきらかに呼吸が浅かった。

 目が閉ざされていてもわかる、あどけないながら端正な顔立ち。その面差しに一瞬見覚えがあるような気がして戸惑うが、悠長に記憶を探っている場合ではない。

 少年を抱き上げたジルベールは、知らず舌打ちを零した。


(おいおい……軽すぎんだろ。こいつ、まともに食ってないな)


 沸き上がる苛立ちを滲ませながら、懐中時計を確認する。


「船までもたねえか」


 これが〝匿ってほしい子ども〟とやらならば、あまりにも惨い仕打ちだ。

 追っ手云々どころの話ではない。このような状態で放っておくなど、なにを考えているのか。そもそも生かそうという意思すら感じないではないか。


(ますます依頼主の意図がわからねえな。ったく、最悪だ)


 だが、少なくとも──依頼を流すという選択は、今この瞬間なくなった。

 海賊とはいえ、ユドルはなによりも慈悲深い集団なのである。


「ジルさん?」


 ジルベールは、おろおろしているテオの横を通り過ぎて小屋を出た。

 すると、見張りのために控えていた賊員たちが、腕に抱えられる少年を見て各々ギョッとしたように目を見張る。


「お、お頭、そいつァ……」


「ああ、おそらくは依頼の子どもだ。見ての通り、とても話を聞ける状態ではないがな。──テメーら!」


 ジルベールの一喝で、散らばっていた賊員たちが瞬時に戻ってくる。周囲に危険がないと判断したのか、ほとんどの者が外套の頭巾を外していた。少年の姿を認めると、屈強な男たちは揃って狼狽え始める。


「だ、大丈夫なんすか? ソイツ……」


「い、生きてっか?」


 無法者と言えど、存外優しい心を持った者の集まりだ。

 ジルベールは内心苦笑しながらも、厳しい顔を崩さず指示を飛ばす。


「緊急だが、作戦変更だ。俺とテオは一時近くの宿に留まり、こいつの状態が落ち着くまで面倒を見る。テメーらは先に船に戻れ」


「えっ!?」


「船に着く前に死んじまったら目覚めが悪いだろ」


 たとえどんな事情を抱えていたとしても、こうして見つけてしまった以上は見捨てたくない。ジルベールの苦々しい声音に、ざわついていた賊員たちも口ごもる。


「船に帰ったら状況をロジェに報告して指示を仰げ。こいつ次第だが、なるべく次の出港までには戻るようにする。いいな?」


「「おうッ!」」


「よし、散れ!」


 賊員たちは号令と共にそれぞれ踵を返した。

 同時に、ジルベールもテオと共に反対方向へと走り出す。


「たしか森を抜けた先に小さな村があったよな」


「はい。休める場所となると、そこが一番近いですね」


「じゃあそこだな。金はあるか?」


「三人なら数日分は。ま、足りなくてもどーにかなりますよ」


 頷きながら腰に提げた巾着に手を突っ込む。掴んだのは、風の魔結晶だ。

 この世界における理の不思議。大気に満ちるマナ──自然魔力の影響を受けて生まれる魔結晶は、人が生まれ持つ人的魔力を流すと、溜め込んだ自然の力を発揮する。

 ──人々はその摩訶不思議な現象を〝魔法〟と呼んだ。


「飛ばすぞ、付いてこれるな?」


「トーゼンでしょ」


 風の魔結晶で引き起こした風を全身に纏い、一気に加速して飛び上がった。

 木々の間を縫い、ときおり枝を足場に越えながら、最短距離で森を抜ける。ちらりと振り返れば、自信に満ちた言葉通り、テオはしっかりと付いてきていた。


 魔結晶の扱いは、使い主の裁量による。生まれ持った魔力量だけでなく、器用さやセンスも問われるものだ。

 どれだけ魔力を多く持っていても、扱いが下手な者に高度なことはできない。逆に人より魔力が少なくとも扱いが上手ければ、それだけで重宝される。極めて資格を習得し、手に職をつけている平民も少なくない。


 ゆえに魔力量が豊富で扱いに長けた者は、この世界で優位に立つ傾向にある。

 賊員のなかでは新参者の部類に入るテオだが、短期間でこうしてジルベールの側付きとして這い上がってきたのは、そういった実力あってのものである。

 ジルベールが本気で風魔法を駆使している今、ここまでついてこれる者は早々いない。それもまだ余力がある様子だ。まったく末恐ろしい。


「踏ん張れよ。死んだら承知しねえからな」


 腕のなかでぐったりとしている少年に呟きを落としながら、思う。

 子どもがどうしようもない状況に陥っているのを見ると、こうも胸糞が悪くなるのは何故なのかと。

 かつての自分を彷彿とさせるからか、あるいはそんな世界をいまだ変えられぬ自分への憤りか。いや、両方か。


「速度上げんぞ、テオ」


「えっ待ってください、魔結晶足りな──ああちょっと!?」


 テオの焦った声が背中に聞こえるが振り返らない。なんだかんだ言いつつ、ちゃんとついてくるだろうという確信があった。まあ、側付きなら当然のことだが。


(ったく、ままならん世界だ)


 ジルベールは内でふつふつと燻ぶるものに蓋をして、さらに速度を早めた。


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