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6.ゾロ・キャミレイヤの回想(2)

「たんとお食べ」


 それが老婆の口ぐせだった。


「特にゾロ、おまえだよ。貧相ったらありゃあしない」

「うるせぇよ、婆」

「なんだって? あたしのどこがババアだっていうんだ。今だって美人過ぎて困ってるんだよ」


 老婆はからからと笑った。


 ゾロは、老婆のそんな様子を見ていると、なぜだか憎めないのだ。――はじめて会ったときからは考えられないくらい、生き生きと動いているのだから。





 ツィスカリーゼの力が目覚めたのは、崖の下に倒れ伏した老婆を見たときだった。


 この老婆こそが、スープの屋台の先々代、いけ好かない婆である。


 もっとも、当時老婆が住んでいたのは、王都から離れた辺境の村だ。――いつ廃村してもおかしくないような寂れた村だったから、子孫がこちらに移住してきたのだろう。




 あとから知ったことだが、木の実を取りに来て迷い、崖から滑落したのだという。


 強情なところのある気難しい老婆で、店の料理の隠し味に使うその木の実のことは誰にも教えていなかったようだ。


 たまたま自分たちが、──ツィスカが居合わせなければ、誰にも気づかれずに獣の餌になっていたかもしれない。



 老婆は頭をひどく打ちつけたのだろう。


 あちこちボロボロで、服はところどころ破れ、頭から血を流していた。そして紙のように白い顔をしていた。


 レンヴァントをちらりと見ると、彼は首を横に振る。手の施しようがないとその表情が告げていた。


 ところが、ツィスカリーゼは老婆に向かって駆け下りていった。――そして、奇跡が起きた。


 虫の息だった彼女の傷は、ツィスカが駆け寄り、助け起こそうと手を近づけた瞬間、みるみる塞がっていったのである。



 あのときは、普段澄ました顔をしているレンヴァントでさえ、ぽかんと口を開けていた。


 そして「ミトゥール・ギフト……?」とつぶやいた。


 人形のように整った少年の、珍しく間抜けに見える表情を思い出し、老商人ゾロは思わず口元を緩めたが、――しばらく経つとその表情は暗く沈んだ。





 ツィスカリーゼに出会ったときのゾロは、無知な平民に過ぎなかった。――しかし、この五十年、色々なことがあった。



 まず、ゾロたちが城に戻ると、王が代替わりしていた。レンヴァントの異母兄であるオスカーが王になっていたのだ。


 ゾロは、浄化の旅に付き添ったことなどから一代限りの男爵の地位を与えられた。同時にかつて働いていた商会を貰い受けることになった。


 授受のときに一度だけ会ったオスカーの苦々しい顔からは、仕方がなくといった感情が透けて見えた。




 商会からは、上役が消えていた。かつての不正の証拠を探したが見つからない。上役が持ち去ってしまったのかもしれないと思った。


 これからは風通しのいい組織にしようと、ゾロは商会の名前を変えた。 


 ツィスカの本当の苗字にちなんで、キャミレイヤ商会、と。もっとも、ゾロはまだ成人していなかったので、その後は学園に通うことが義務づけられた。




 また、報奨をきっかけに王城に出入りしやすくなったゾロは、書庫に入り浸るようになった。そして、取り憑かれたように落ち姫にまつわる伝承を漁った。


 しかし、ツィスカリーゼにもう一度会う方法はわからなかった。







 落ち姫は聖なる存在だ。ただそこにいるだけで風の通り道を作り、淀みを流す聖なる力がある。


 だが、それ以外にも二つ、特別なギフトを持っているのだという。


 どうやらそれは、この世界に喚び出された者にみな、平等に与えられるものであるらしい。




 召喚された者に与えられるギフトの内容は二種類ある。



 一つはシュタット・ギフト。


 すべての被召喚者がもとから持っているもので、自分や他人の能力が見えるというもの。見え方は人によって異なるらしい。


 ただし、特別な呪文を使わなければ発動しないため、被召喚者の多くが知らずに過ごしているという。


 自分の能力を鑑定されるのを嫌った王族貴族により、代々の落ち姫にも知らされていない秘密のギフトである。


 彼女を盲目的に信奉していたレンヴァントだからこそ伝えたといえる。





 もう一つは人によって異なるものだ。


 その人間が一番幸せになるための鍵のようなものであることからミトゥール・ギフトと呼ばれているのだそうだ。


 ミトゥールというのは、別な大陸の言葉で「流れ星」を指す。星に願いをかけるような、あまりにも奇跡的なギフトだということからそのように名づけられた。


 かつて異国では、目が合う者をことごとく魅了したり、植物を自在に操ったりするようなミトゥール・ギフトが確認されている。







 ゾロが噴水広場に足を向けると、不安そうにうつむいていた孫娘がこちらに気づき、ぱっと笑顔になる。


 淡いはつ恋は胸にしまい込み、それなりに恋をした。所帯を持ち、子どもらがまた結婚し、――孫娘を溺愛する日々を送っている。


 だが、時折、空虚な気持ちが胸を吹き抜けていく。自分だけが幸せになった罪悪感なのかもしれない。


 このマルシェに足を運ぶ本当の理由に、ゾロ自身も気がついていない。


 ツィスカが落ちてきた噴水のある、この場所に。そして、悪友・レンヴァントがふっつりと姿を消したここに。






 浄化の旅はほんのひとときだった。それでも。


「俺は、――忘れていない」


 ゾロ・キャミレイヤのひとりごとは、誰にも届かなかった。

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