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4.落ち姫ツィスカの消失

 


 レンヴァントが気難しいおじいさんに気に入られる一方で、ゾロは村のおばあさんたちに気に入られていた。



 ゾロはどの村でも、たいてい村人の家に招かれて、なにか食べているようだった。不思議と人好きのする少年なのだ。


 鋭い印象を与える細い目や、無愛想ではっきりとした物言いは、どこか威圧感がありそうなものなのに、彼はとにかく人に好かれる。


 たぶん、とにかくたくさん食べるからじゃないかと私は思っていた。


 ゾロはレンヴァントや私と違って厨房に立つことがなく、食べるのが専門だった。でも、何でもたくさん食べてくれたし、料理についての具体的な感想も言ってくれるのでうれしかった。


 中でも鯛のような白身魚とじゃがいものスープが特に好評で、大鍋にいっぱい作っても、ゾロが半分以上平らげてしまう。


 そんなゾロだからこそ、村の老婦人たちに好かれるのだろう。


 私は料理をすることが好きだったので、やがてゾロについていくようになり、おばあさんたちからレシピを教わるようになった。異世界の郷土料理も、やはり村々の特色があり、とてもおもしろかった。





 必然的にゾロと過ごす時間が増えた。


「あんたは、文句とか言わないんだな」

「文句?」

「だって、拉致同然にこっちの世界に連れてこられて、意味のわかんない旅を押しつけられてさ。

 普通、怒るところじゃねえ?」


 ふと胸の奥がざわざわしはじめて……。そのとき、肩に小さな衝撃があった。白い巻き毛の猫が、私の肩にすとんと乗ったのだった。


「シャンプー」


 私が呼びかけると、シャンプーは足をぺろりとなめながら、返事をするようにしっぽを揺らした。


 この子は王城にいた猫だ。どうしてだか旅についてきてしまったらしい。よく姿を消すので、はじめのころは滞在を延ばしてまで探していたのだけれど、必ず荷に紛れているので、最近は探さなくなった。


 一緒に過ごしているとだんだん愛情が湧いてきて、シャンプーという名前をつけたのだ。




「ゾロはどうなの? どうしてこの旅に?」


 私の口が、勝手に話題を逸した。


 ゾロはなにか言いたそうな顔をしたけれど「スカウトされたんだよ」と不機嫌な感じで答えた。



「俺は、あんたがこの世界に召喚されたときに居合わせた。だからなんじゃねえの。

 ――俺はレンみたいに闘えるわけでもない。従者をつけるよりは、侍女のほうが必要なんじゃねえかって思うけど……。

 どうしてだか、レンは俺を指名した。それだけだ」




 それからゾロは、ぽつりぽつりと、これまでのことを話しはじめた。


 気づいたときには路地裏に捨てられていたこと。そこで商会の上役に拾われて、下働きをしながら読み書きを習っていたこと。けれども商会を追い出されたこと……。



 旅も中盤を過ぎると、私たちは自然と、夜をいつでも共有スペースで過ごすようになった。


 レンヴァントはもくもくと勉強をしたり、村々の老人から集めてきた話を書きつけたりしていた。私は私で、村のおばあさんたちが教えてくれたレシピを書き留め、眠たくなってくると夜食をつくりに厨房へ向かう。


 ゾロは、ソファに深く体を沈め、ごろごろとしているだけだったけれど、それでも毎晩、私たちはこうして集まっていた。身を寄せ合うように。


 お互い親の縁が薄いという共通点があったからなのだろうか。ゾロもレンヴァントも、二十五になる私から見ればずっと年下の子どもたちだけれど、二人のそばは不思議と居心地が良かったのだ。


 背伸びする必要も、我慢する必要もなくて――。




 いつしか、この妙に凪いだ感情が、異物としてではなく、自分本来の気持ちとして感じられるくらいになっていた。


 こつこつといろいろな場所を歩き回った。魔獣と戦い、盗賊を警吏に引き渡し、二朔の獣を減らし……。何もないときには村の様子を点検したり、各地に生えている植物を書き留めたりといったこともはじめた。


 ゾロは、いつからかごろごろするのをやめて、レンヴァントと肩を並べて真剣に勉強をするようになって。私は二人の好きな料理や好みの味つけを完全に把握して。


 そうして季節がすべて巡るころ……。

 旅が終わったのは、そんなときだった。








「ツィスカリーゼ様、ありがとうございます。これで浄化は完了です。この国は救われました」


 レンヴァント王子が優雅に頭を下げる。一年にも満たない期間だったが、彼の背は少し伸びていた。もう少しで追い越されてしまいそうだ。


 狐目のゾロは大人と変わらぬくらいの身長になり、声が低くなった。出会ったときは痩せぎすだったが、体格もよくなったように思う。


 そんな二人の子どもたちを見て、私は感慨深くなった。




 ここは最初に出発前に素通りした王都の中心部。噴水広場だ。私たちはぐるりと国を回ってきたのだ――!


 ほっとするような、それでいて寂しいような、不思議な感情に胸が焼かれるような思いがした。


 昼下がりの広場には、買い物にやってきた人たちがひしめき合っている。聖獣と共に在るからか、明らかに高級そうな服を身にまとっているからか。

 私たちは遠巻きに見られているようだった。


 私が口を開こうとしたそのときだった。






「あ、終わった感じ~? 」


 眠たそうでけだるげな調子の間延びした声が響いた。


 それが誰の発した言葉なのかわからず、訝しく思いながらあたりを見回した。


 寝そべっていた空羊がのっそりと体を起こしても、気がつかなかった。


 その可能性などないと、はなから除外していたから。




「うんうん、綺麗になってるねえ」


 空羊はくんくんと鼻を動かして、感心したように言う。


 驚きに言葉を失っていると、空羊は「じゃあ、もういっか」とつぶやいた。




 次の瞬間、衝撃があった。

 シャプーラの巻き毛が伸びてきて、私の体中に絡みついたのだ。


「ちゃんとつかまっててね~」


 そのまま背中に引き上げられ、声を上げる間もなく、気づいたら空の上だった。


 空羊が高く、高く飛び上がったらしい。




 驚いて口をぽかんと開けた二人を最後に目に映し、私は意識を失った。

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