41.再び、神の間にて。
「え……?」
呆けた顔でつぶやいたのは、フレージュビリー、いや、苺だった。
あの出血量はまずい。全身の痒みもひどく、のろのろと這うようにして彼女に近づく。
「く、くろの……」
呪文をとなえかけて咳き込む。呼吸が苦しい。
私には重度のアレルギーを引き起こす食べものがあり、──さっき口に放り込まれたものがそうだったらしい。喉が腫れ上がってうまく発音できない。
苺の口からごぼりと血をこぼれるのが見えた。
「いやあああああ!」
苺は混乱したように「クロノヴェール!クロノヴェール!クロノヴェール!!!!!」と叫んだ。
まばゆい光に吹き消されるように世界が真っ白になり、そのまま私は意識を失った。
「千風さん……」
まぶたが貼りついたように開かない。
「……千風さん!」
私は誰かの腕の中にいるようだ。その声は頭上から降ってくる。今にも泣きそうな、苦しそうな声。
開いて、閉じて。それをくり返しながらようやく目が開く。誰かの手が頬に触れる。ひんやりとした大きな手。それがレンヴァントであることに気がつく。
「よかった……」
レンヴァントの目のふちに溜まっていた涙が、つ、つと一筋流れた。彼はそれを拭うこともせずに、私の頬や頭をぺたぺたと確かめるように触っている。
「ここは……?」
「神の目だよ」
素っ気なく言ったのはシャンプー。
「──あんたには、何度も痛い、苦しい思いをさせたな」
言われてみればなるほど、あの真っ白な不思議な空間だというのがわかった。
私はどうして……。
ふと思い出し、血の気が引く。
「っ、苺さんは!?」
私が飛び起きると、レンヴァントが眉を寄せる。
「あの人のことはいいんです。──千風さん、本当に心配したんですよ」
そういえば、と気がつく。痒みも苦しさも、すべて消えている。クロノヴェールは使えなかった。それなのにどうして?
「あんたは巻き込まれたんだ」
シャンプーが忌々しげに言った。その目線の先には、すやすやと眠る赤ん坊が、二人──?
一人はふくふくとしており、桃色の髪がすでにしっかりと生えている。赤いうさぎのような目はぱっちりとした二重だ。
そしてもう一人は小さく華奢。茶色がかった髪の毛は柔らかくて薄く、ほとんど髪の毛がないように見える。眠ったまま親指をしゃぶっていた。
「あれは……」
「山田苺と井口靖人は、最大出力のクロノヴェールで……」
その先を察して思わず口を手で覆い、声を飲み込んだ。
「それで? 君たちはこれからどうする」
シャンプーが言う。
「ここは神の目だ。ある程度のことは何でも叶う。そう、君たちをあちらの世界に戻すこともできるし、この世界での暮らしを巻き戻すことだって可能だ」
「それは、どの時点に戻るんだ?」
レンヴァントが訊いた。
「ここでもあっちでも、自由に選ぶことができる」
「この世界の時間を巻き戻すと、どうなるの? たとえば、過去のなにかを変えたら、さっきのあの女の子は生まれていない……みたいなことは、避けたい」
「千風さん……」
「ああ、大丈夫。クロノヴェールは時を戻す魔法ではあるが、あまりにも大幅に巻き戻しをすると世界を抜け出すようになっている」
「世界を抜け出す?」
「んーと、君たちの世界で、ほら、書物によく出てくる……」
「並行世界ができあがるということか?」
レンヴァントが聞き、シャンプーが頷いた。
「そう。ちなみに、あの女が時を戻しすぎた結果、現時点でそのままこっちの世界に残る場合は、ちょうど僕が君を、レンヴァントをあちらの世界に呼び寄せた時期になるな」
「千風さんは、どうしたい?」
レンヴァントが私を見つめる。
「私は……」




