40.フレージュビリーの毒
毒耐性だけは初期状態のままだわ。千風のステータスを見て気づいたあたしはほくそ笑む。今の機会を逃したら、きっとあたしに勝ち目はないわ。だから、今やるしかないの。
なにげなく盗ったものだったけれど、なんて引きがいいのだろう! 気分が高揚する。
あたしたちは同じ施設で育った。
あたしはいつもあいつのことを見ていた。だから知っているのだ。あいつに効果的なものがあることを。
「クロノヴェール」
あたしはほんの少しだけ時を戻した。千風が"落ちてくる"直前に。──体の中からなにかがごっそりと消えたような感覚になり、一瞬立ちくらみがした。でも。
3、2、1……。
強い風が吹く。手に持っていた刃物を水の中に投げ捨てる。
水しぶきが上がる。ポケットの中に手を突っ込み、包装紙を片手でなんとかひねる。
あたしが切りつけた子どもを見て、千風ははっとする。間抜けにもぽかんと開いたその口に、それを投げ入れた──。
「……っ!?」
千風が突然苦しみだす。顔色は悪く、喉を掻きむしるように押さえ、ヒューヒューと荒い息をしている。
「ハハハッ」
おかしくて笑いが止まらない。
「これ、あたしの大好物なの」
あたしはポケットの中からチョコレートを取り出してひらひらと振って見せた。
「ねえ、どうしてだと思う? これ、あんたにとっては毒でしょ? それに気づいてから好きになったの」
千風は生理的な涙の滲んだ目でこちらを見上げているが、その目は吊り上がっており、不快に思った。
"クロノヴェール”
自分だって苦しいだろうに、彼女は目の前の子どもにクロノヴェールを使った。
映像を巻き戻すように、子どもの体から飛び出した血液が戻っていく。傷口は塞がっている。
そうして千風がその場に、噴水の中に倒れ伏した。縁にかかった手は弱々しく震えており、膝をついていたがしばらくすると崩れるように縁のほうへと体が傾いていった。長い黒髪がゆらゆらと不気味に水の中に揺れている。
「ふふ、いい気味」
「ティスカ……!」
先ほどあたしを睨みつけていた老人が悲痛な叫びを上げた。彼は信じられないといった表情で、片手に子どもを抱き、皺ばかりの汚らしい手を千風に伸ばしている。
「千風?」
「え?」
すぐ後ろでぞくりとするような声がしたかと思うと、振り返る間もなく、背中に熱さを感じた──。




