3.レンヴァント王子の意外な特技
私はそうやって眠れぬ夜を乗り切った。たくさん夜食を作って、お菓子を焼いて。
私が厨房で作業をしていると、レンヴァントはいつも、読みかけの分厚い本を置いて、手伝いに来てくれた。
ゾロはやる気のなさそうなあくびをしながらも、共有スペースのソファでごろごろしながら料理が出来上がるのを待っている。
そして、できあがったものを人一倍たくさん食べるのだ。それはもう美味しそうに。
私は料理を仕事にしているのだけど、作ったものを食べてもらう場面に居合わせることがほとんどない。だから、彼の食べっぷりを見るのはうれしかった。
レンヴァント自身も料理が得意だった。王族が厨房に立つことなんてあるのだろうか。
意外なことに、家庭的な料理をなんなく作ってみせた。
肉だんごのトマト煮込みや、じゃがいもや玉ねぎの入った厚焼きオムレツ。
特においしかったのは、エビが入ったポテトサラダ。
じゃがいもを水から茹でて潰したら、同じくさっと茹でておいたにんじん、グリーンピースにコーン、エビ、ゆで卵に、魚の缶詰とマヨネーズのようなクリームを入れて混ぜる。
隠し味はバター。じゃがいもが熱々のうちに混ぜておく。
味つけは塩と胡椒。それからちょっとにんにくの風味が効いてる。魚の缶詰は、ツナに似た風味。
素朴で、でも食感がいろいろあって楽しくておいしかった。
「手慣れてるのね」
素早く芋の皮むきをするきらきらしい王子の姿に感心して言うと、レンヴァントはへにゃりと笑って「母とよく料理をしてたんです」と答えた。
王子様なのに? と思ったのがわかったのだろうか。
「母は伯爵令嬢でしたが、没落貴族の娘だったので。使用人もほとんどおらず、家族で料理や掃除をしていたそうなんですよ」
そしてレンヴァントは、母とともに離宮で過ごした日々のことを少しずつ教えてくれた。
小さな畑をつくり野菜や果物、ハーブを育てていたこと。収穫したものを使って食事や菓子をつくる楽しみ。ベッドリネンを洗濯して、からりと晴れた日に干したときのいいにおいのこと……。
はじめのうちは、父王もよくその食卓に加わっていて……。王子様らしくはないけれど、日々のなにげない生活を楽しむ暮らしだったのだと言う。
でも、──王城でちらりと会った王様のことを思い出すと、そんな日々があったようにはとても思えなかった。むしろ、レンヴァントが蔑ろにされているような。
「陛下はなぜ、妃殿下に辛く当たられるのですか?」
それは、侍女たちのうわさ話だった。私が寝ていると思っていたのだろう。
王様は今の王妃さまとの結婚を望んでいなかったのだという。
「あなた、あの舞台を見ていないの? 真実の愛についてうたわれたものよ」
「ああ、……確か、王太子が婚約者を捨てて平民女性を選んだっていう」
「そうそう」
「でも、なんの関連が?」
尋ねた侍女は、声の感じからすると、新人なのだと紹介された若い女の子だと思う。
「……世代が違うものね……。でも、あまりにも勉強不足だわ」
先輩侍女の声に棘が含まれた。
「その王太子殿下こそが陛下のお兄様なの。つまり陛下はもともと王位につく予定がなかったということ。
だから、婚約者を変えざるを得なかったのよ。愛した人ではなくて、愛のない相手に」
「とばっちりじゃないですか。陛下、おかわいそう……」
侍女見習いは間延びした口調でそう言った。
「──あなたねぇ……」
私が夜に共有スペースへ降りてくると、レンヴァントはたいてい分厚い本を読んでいたり、なにか書きつけていたりした。
彼はもしかして、勉強する機会を与えられてこなかったのではないかと思った。
その強さも生活力も素晴らしいものだけれど、たぶん、王子というものは、それよりも学ぶことのほうを大事にされるはずだと思う。
そして、レンヴァントの中ではもっと貪欲に学びたいという気持ちがあるのではないか。――そう思えてならなかった。
浄化の旅では、私がその場にしばらくとどまることが大切になる。だから、要所要所で数日間の滞在が必要だった。
さまざまな土地を回った。
レンヴァントはどの村でも、その土地の地形や特産品、領内で起こっている問題などを熱心に調べては記録していた。
人形めいた美貌を持ちながらも、話し出すとどこか愛嬌のある彼は、村の気難しい老人に気に入られることが多かった。
彼らのもとで伝統工芸のようなものを体験したり、村に伝わる伝承を聞いたりしているときは、年相応に目を輝かせていて、思わずくすりと笑みを漏らした(つもりだが表情は変わらない)。
日本だったらまだ義務教育の年齢なのだ。
それなのに彼がこうして長い旅に付きそうことはおかしいのではないか。――そう思えてならなかった。