35.フレージュビリーと白い部屋
忌々しいあの猫。あいつのせいで、あたしは人生の一番綺麗な時期を失った。心も体も操られて、まるで奴隷のような生活だった。
こんなはずじゃなかったのに。格好いい人と結婚して、好きなものに囲まれながら幸せに暮らす。ただそれだけで良かったのに──。
気がつくと真っ白な部屋にあたしはいた。
部屋といっていいのかもわからない。そこには天井も床も、空も地面もなかったのだから。ただあたしを中心にして、たくさんの画面が現れたり消えたりしている。
その中には絶えず映像が流れていて──。
今より若い、あたしと出会う前の男と猫との会話を、あたしは見てしまった。
『これは、落ち姫には教えてはいけない。二つのギフトのことだ』
黒猫の言葉に、オスカーがうなずく。
『落ち姫のように、異世界から召喚される者には、神から二つの祝福が与えられると言われている。
一つはシュタット・ギフト。一言でいえば、鑑定。発動させるには"ツー・シュタット”と呪文をとなえる必要があるため、それさえ知られなければ問題ない』
オスカーが神妙な顔をして頷いた。
あたしはつぶやいてみる。
"ツー・シュタット”
目の前が白く光ったので思わずきゅうと目を開ける。次に目を開いたときには、空中にタブレット機器のような画面が浮いていた。
そしてそこには、あの男の情報が書かれていたのである──。
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名前:オスカー・ファン・ベチルバード(13)
魔法スキル:
レプリカーラ(効果:模倣)
ギフト:
ビーストゥラン(効果:動物に愛される)
その他スキル:
剣 Lv.10/100
槍 Lv.10/100
弓 Lv.10/100
四大属性魔法 Lv.10/100
光魔法 不適合/100
闇魔法 不適合/100
結界術 不適合/100
治癒術 不適合/100
未来視 不適合/100
学問 Lv.10/100
語学 Lv.10/100
魔法知識 Lv.10/100
毒耐性 Lv.99/100
来歴:
ベチルバード王国第一王子。母マデリーンが、側妃の息子である第二王子レンヴァントに毒を盛る。外聞が悪いため、病気療養として離れに蟄居させられている。
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「……はは、なんだこれ。ゲームみたいだ」
あたしが乾いた笑いを漏らしている間にも、男と猫の会話は進む。慌てて彼らの話に意識を戻した。
『そして……もう一つは人によって異なるミトゥール・ギフト。奇跡的な、という意味だ。おまえも持っているな』
「え?」
黒猫は、どこか悲しげに笑った。
それは、あたしにもあるのだろうか。気になって、自分の胸に手をあてて唱えてみた。
"ツー・シュタット”
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名前:山田苺(25)
魔法スキル:
クロノヴェール(効果:時を戻す)
チャームウィーヴ(効果:魅了)
ギフト:
シュタット(効果:ステータス開示)
フェイトメルドゥーラ(効果:交換)
その他スキル:
剣 Lv.1/100
槍 Lv.1/100
弓 Lv.1/100
四大属性魔法 不適合/100
光魔法 Lv.1/100
闇魔法 Lv.1/100
結界術 Lv.1/100
治癒術 Lv.1/100
未来視 不適合/100
学問 Lv.1/100
語学 Lv.1/100
魔法知識 -/100
毒耐性 Lv.1/100
魅了 Lv.50/100
異世界名:落ち姫"フレージュビリー”
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「交換……?」
あたしは苛立ちを覚えた。なんて使えなさそうな。けれども、その上に目をやる。
「時を戻す、魅了……?」
なんだ、やっぱりあたしは選ばれた人間なのだ──。
「フレージュビリー! 貴様、よくも……」
そのとき、後ろから声がした。オスカー。顔は悪くはないのだけれど、地味でつまらない朴訥な男。
オスカーは、血まみれの黒猫を抱いていた。
「やめてよ。汚らしいからあたしに近づけないでくれる?」
彼の目は血走っており、猫を片手に抱いたまま、腰の剣を抜いた。
「ちょ、ちょっと本気? 何をしているの?」
「貴様がしたことだろう!!!!」
オスカーは錯乱していた。あたしはふと思い出す。魅了。魅了の力があるはずだ。
「……っ、魅了!」
「ふざけるな。私を馬鹿にするのもたいがいにしろ!」
考えろ。──そういえば、あの画面に違う単語が書いてあったことを思い出す。
"チャームウィーヴ”
あたしがそう唱えると、オスカーは苦しげに顔を歪めた。しかし、とろりと甘い瞳をこちらに向ける。
「そうだ、あんたを実験台にしてやろう」
「……?」
オスカーは恍惚とした表情でこちらを見ている。
「ねえ、弟王子のことを憎んでるんでしょう? 羨ましいんでしょう? あんたたちの人生を交換してあげる……!」
白い光に包まれて、オスカーは消えた。その途端、足元ががらがらと崩れるような感覚に襲われた。
「な、なに……?」
『オスカーと弟の立場が入れ替わった。つまりおまえはもう、落ち姫じゃあない。だから、この場所にはいられないんだ』
息も絶え絶えの黒猫が嗤った。
『おまえは世界の害悪だ。だから落ち姫に選ばれたのだよ。──ここで一緒に朽ちるがいい』
「なによ! ……あたしはなんとかする。できるんだから!!!! ──クロノヴェール!!!!」
そうしてあたしは、日本に、自分の消えたその瞬間へと戻ったのだった。




