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31.時の歪み、そして正史(2)

 そちらは王宮の広間らしかった。


「あれは、父上……?」


 レンヴァントが言う。

 彼の目線の先にいるのは、画面の中央に映る二人の男女ではない。その後ろで驚き、慌てている男性。

 そばにはレンヴァントの母親が寄り添っている。


『マデリーン! 貴女との婚約は破棄する。……貴女の悪行はすべて調べがついているのだ』


 そう言う男性は、レンヴァントと同じ銀色の髪に紫の目をしている。吊り目がちの鋭い目に、鼻筋の通った男性的な美しさのある人だ。


 その腕にしがみつくようにして、可愛らしい雰囲気の女性が立っていた。すとんと流れるような黒髪に、ルビーのようなうるんだ瞳。まるで小動物のよう。



 一方、マデリーンと呼ばれた女性は、赤みがかった金髪を結い上げた、艶っぽい雰囲気の人だった。意志の強そうな大きく吊り目がちの濃紺の目。目尻には泣きぼくろがある。


『それで? あなたはそこの庶民と結婚なさるのですか?』

『ああ。私は真実の愛を見つけたのだ。彼女の為なら王位など継げなくとも構わぬ!』


 男性の宣言を聞いて、顔色を変えたのは彼に巻き付くようにしていた黒髪の少女であった。





「これは、なに……?」


 私が訊くと、レンヴァントは困ったように口ごもった。


「わが国最大の醜聞。十数年前に起こった婚約破棄騒動です。あの男性は当時の王太子であるパーシヴァル殿下。僕にとっては伯父上にあたる人。

 そしてその後ろで慌てているのが我が父と母だ。この事件で二人の運命が変わってしまった……」

「運命?」

「ええ。母は男爵家の出身でね。本来なら王族との婚姻など望めない立場でした。しかし、伯父が王になるはずだったから、かねてから思い合っていた母とようやく婚約をした。そんなタイミングで起こったことです」


 レンヴァントは苦々しい顔をする。


「結果的に、伯父上が挙げたマデリーン様の悪事の証拠とやらはすべて虚偽だった。

 伯父上は王宮を騒がせ、無実の令嬢にいわれなき罪を着せようとしたとして、貴族たちからの信頼を失い、王位継承権を失いました」


 未菜実ちゃんに教えてもらったゲームのような話だと思った。


「マデリーン様の強い希望で、王家は第二王子であった我が父を王太子に繰り上げ、正妃としてマデリーン様を迎え入れることになったのです。そして、母は側妃という立場に……」


 世界のあちこちには窓のような画面が閉じたり開いたりしており、画面の向こうで泣きながら抱き合う彼の両親や、マデリーン妃との結婚式の様子が映し出されていた。




「……レンヴァントの伯父さんはどうなったの?」


 彼のやるせない表情に気を取られ、そのことを考えてほしくなくて切り出した。


「王位継承権は剥奪され、ともにいた令嬢と結婚することになりました。そうして、一平民としてベイレフェルト商会のトップになった……」


 レンヴァントの言葉に反応するかのように、手元に画面が現れる。王都にある立派な店構えの建物が映し出される。


「ベイレフェルト商会って、どこかで……」

「あれですよ。お隣さんに教えてもらったゲーム」


 私ははっとして顔を上げる。


「"ゾロ・ベイレフェルト”?」


 レンヴァントは頷く。


「ゾロは、前王太子とあのときの令嬢の間に生まれた子ども。つまり、僕の従兄に当たります。──ただ、伯父が平民になった途端、令嬢は姿をくらましました。そして、ゾロを孤児院に置き去りにして、その後は不明です」


「でも、ゾロは商会にいたのでしょう? どうして親子として引き取らなかったの?」


「それは僕にもわかりません。ただ、僕が直接会った伯父は、とてもじゃないが、あのような醜聞を起こす人間には見えませんでした」


 手元の画面が、いっそう強く光り輝いた。

 その中に映っているのは、レンヴァントの伯父と結婚した、あの黒髪の令嬢。








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