表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/46

2.空羊と浄化の旅

 旅立ちは三日後だった。


 それまでは、私がするべきことや、この国のことなどを教えてもらったり、代々の落ち姫が身につけていたという服を渡されたりしていた。


 それはまるで花嫁衣裳のようだった。


 マーメイドラインの真っ白なドレス。首元とウエストに金色の宝石が縫いつけられており、一見露出が多く見えるのだが、鎖骨や腕は繊細なレースで覆われている。


 そして、うっすらと透けるベールで顔を隠す。


「この服は、聖獣の毛を編んで作っているそうです。見た目より頑丈で、着る人間の体型に合わせて伸び縮みするほか、温度調節もできると伝わっています」




 途中、レンヴァント王子の父や兄だという人たちが覗きにきたことがあった。


 この国の王であるという恰幅のいい男性と、王太子である少年。


「このような年増の女が落ち姫だと?」


 王は嫌な目つきでじろじろと私を眺め回した。


「父上、私がニエでなくてよかったです」

「そうだな」


 レンヴァント王子が私を庇うように前に出た。口を開こうとするのをそっと止める。


「しかもなんて目つきの悪い平民だ」


 王太子は、ゾロに目をやるとにやにやしてそう続ける。


 つられてそちらを向いた王は、なぜだか一瞬、はっとしたように顔を歪めて、──それからぷつりと糸が切れたかのように静かになった。



 王子が長い旅に出るというのに、見送りの者はなく、私たち三人は、城の裏門から静かに出た。空が血のように赤い。そして、遠くに蠢く獣たちとの邂逅も迫っていた。







 旅の移動は基本は徒歩だ。

 国境沿いを歩いてぐるりと回るため、道なき道に行き当たったりして時間がかかるのだと聞いた。


 だが、私は聖獣に乗せられることがほとんどだった。


 聖獣を紹介されたのは、城を出てすぐだ。空羊――シャプーラと呼ばれている。もこもことした雲のような見た目の巨大な羊で、羽もないのにふわりと飛べる。


 遠くから見ると雲のようなのに、動きはとても俊敏。特に、逃げるときなど緊急時は、電車くらいの速度が出ている気がする。


 こんな生き物がいるなんて、と、はじめて見たときに感動したのを覚えている。




 ただ、空羊に乗るのは罪悪感があった。子どもたちが歩いているのに私だけ楽をするなんて。


 そう告げてみたものの、この聖獣と共にいることが落ち姫としての証明にもなるらしく、時折出会う人々に見せるのも大事なことだからと押し切られてしまった。


 空羊の毛は、なめらかな手触りで、それでいてくるんとカールしてふわふわで、とても気持ちがいい。しかも暖かい。空羊に運ばれながら、何度か居眠りをしてしまったほどだ。





 ほとんどがのどかな旅だったが、時折、魔物や二朔の獣が襲ってきたり、盗賊に出会ったりと恐ろしいこともないわけではなかった。


 私にも飾り程度に短剣が与えられていたものの、華奢でまだ幼いレンヴァント王子が事もなさげに剣をふるい、あっという間に倒してしまうので、なにもすることがなかった。


 でも、――今考えるとおかしな話なのだけれど、あの頃、私には感情の起伏がほとんどなかった。


 怖さも寂しさも不安もほとんど感じない。ぼうっと体の内側から見ているだけのような。





 たまに、はっと我に返ることがあって、――そしてそれはたいてい、夜だった――、そういうときは途端に不安で崩れ落ちそうになった。


 本当に元の世界へ返してもらえるのか、みんなや自分が怪我をしたり、死んでしまったりすることはないのか。そんなことをぐるぐると考え続けた。


 でも、旅の仲間は、私よりもずっと幼い子どもたちだ。


 情けない姿を見せるわけにもいかなくて、自分の中でやり過ごすしかなかった。


 天幕から抜け出して星空の下に身を投げ出してみたり、寒くなって戻って、もくもくと料理を作ったりした。






 この国は、まるで映画や漫画のようだった。

 魔法がある。魔法の力を持った道具がある。魔物がいる――。


 旅を快適にしてくれた天幕も、レンヴァントのマントについたブローチの中から出てきたものだ。


 それだけでも驚きなのに、見た目よりもずっと広い室内にも驚かされた。外から見るとグランピングで使われるテントのような雰囲気なのだが、中に入ってみるとしっかりとした建物のよう。


 三人それぞれの個室に、暖炉のついた共有スペース、小さな食堂と厨房。さらに、いつでもお湯が出てくる広い浴室のほか、中庭のような空間があり、そこにはハーブや花が植わっている。




 食材は、未知過ぎるものもある一方で、よく見知った食材も多かった。


 天幕の厨房に、冷蔵庫のような魔道具がある。そこにはいつでも新鮮な食材が入っていて、旅の間中、食べものに困ることはなかった。


 まさか別な世界に、それもこんなヨーロッパのような雰囲気の場所に醤油や味噌があるなんて思わなかったので、はじめは驚いた。


 なんというか、誰かが無理やり作った創作物のようなちぐはぐな印象が残った。


 ただし、私の表情筋はぴくりとも動かず、その驚きも、なぜだか表情や声に出ることはなかったけれど……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ