表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/46

28.ベチルバードの秘密

 ────────────────────

 名前:井口靖人(23)


 スキル:なし


 状態:魅了、心毒、混乱


【経歴】

 ・鉄鋼会社**の一族に生まれる。

 ・幼少期から成績優秀、文武両道と言われていたが、家庭内は冷え切っていた。

 ────────────────────


 目の前で、パソコンのキーボードを打ち込むように文字が一文字ずつ表示される。私は慌てて魔法を解除した。


 この一年半。まだ使えていた魔法を、暮らしの悩みにまつわる部分に限定して磨いてきた。どんな人でも必ず表示されるのは名前、スキル、そして状態。


 スキル欄には保有資格や、受賞するレベルの特技であれば表示されることがある。そして状態欄で多かったのは「疲労」「ストレス」「寝不足」といったもの。


「レンヴァント……。魅了って、心毒って、なに?」


 私が聞くと、彼はさっと顔色を変えた。


「魅了? シュタット魔法で魅了と表示されているのですか?」

「状態欄に、魅了・心毒・混乱っていう文字がある」

「まさか……」


 レンヴァントはため息をつくと、険しい目をして木の上を睨む。


空羊(シャプーラ)! おい、貴様そこにいるのだろう」


 木の上からにゃあんと声がして、太った白猫が姿を表す。わが家の飼い猫シャンプー。そして空羊だったもの。


「なんだよ、僕はふつうの猫ライフを満喫してたんだぞ。僕の役目はもう終わったんだからな」

「それどころじゃない。──時が戻されている」


 シャンプーはじっとりした目をレンヴァントに向けていたが、彼の言葉を聞くと毛を逆立てて、木の枝から跳んだ。


「時が戻されているだって?」


 重量を感じさせずにふわりと着地すると、とてとて歩いてレンヴァントの前にやってきた。

 彼は今も頭を抱えて荒い息をしている靖人に目をやる。


「あの男、魅了されているらしい。そして、今は心毒状態だ」

「──ふうん。それなら十中八九、落ち姫の仕業だろうな」

「わ、私……?」


 私が慌てて尋ねると、二人(片方は匹)は顔を見合わせる。


「今代の空羊しか知らないベチルバードの秘密。──()()()、教えよう」





「僕は以前、君に落ち姫について説明した。あれは嘘と真実とを織り交ぜたものだ。本当は魔法を使って浄化している。『時を戻す魔法』をね」


 結花子さんと話していたことを思い出し、私はどきりとした。


「落ち姫は、世界の異物だ。だから、僕たちの世界の人間とは違い、大量の魔力を体内に内包している。そしてそれが常に垂れ流しになっている。だから『時を戻す魔法』を使える落ち姫がとどまることで、その場所は魔獣が現れる以前の土地に戻るというわけだ。

 土地を変えれば人への影響はなくなる。もちろん、その場しのぎの解決策でしかない。時が経てばまた魔獣が現れ、次の落ち姫を連れてくることになるだけ」


 シャンプーの横でうつむくレンヴァントの手は震えている。私はその手に自分の手をそっと重ねた。


「──君はおそらく、落ち姫不適合者だ。なぜなら、贄の王子が王家で不要な者から選ばれるように、落ち姫もまた()()()()()()()()()から選ばれるのだ。おそらく、少しでも罪悪感を減らそうとした結果なのだろう。

 だが、そのシステムには当たり前だが大きな欠陥があった」


 空羊が顔を上げる。一点を注視しているので、私もそちらへ目をやると、いまだ苦しむ靖人の向こうから、一人の女が歩いてくるのが見えた。


「世界に害を及ぼすような者が、困窮している世界を救うはずがない。だから、コントロールするための存在が生まれた。それが我々空羊。僕たちもまたある意味生贄なのさ。生涯を落ち姫の管理のためだけに生きる、ね」


 シャンプーの表情は見えなかった。


「ねえ、君には覚えがあるんじゃない? 向こうの世界で驚くほど心が落ち着いていたこと」


 私は驚いたが、うなずく。


「それこそが空羊による落ち姫の管理さ。落ち姫が暴れたり、悪事を働いたり、あるいは衝動的に逃げ出したりしないように、鎮静の魔法をかけている。僕のこの姿、もちろんよく知っているだろう?」


 眠れないとき、そばにいたまるまるとした猫。旅先にもずっとついてきた。

 悲しいし苦しい。それなのにもやもやした感情が爆発しなかったのは、シャンプーがいたせいだったのだと知る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ