24.ある男の傲慢と悲劇と(2)
少し服を贈っただけで、千風はみるみる綺麗になっていった。俺の横に立つ時に恥ずかしくないようにと、メイクも少しずつ勉強し出した彼女をいじらしいと思った。
しかし、これまで大学の中ではただの風景だった椿千風という女に、ちらちらと目線を向ける者が増えてきた。
千風は気づいていなかった。ただ日に日に綺麗になっていくだけ。ある日、いたたまれなくなって俺は言った。
「──そのままの千風がいい」
千風は少し傷ついた顔をして、それでもへにゃりと笑った。
一見するとまた化粧っけのない顔に戻ったように思えたが、前のように素肌で出歩くことはなくなった。俺は少し不満に思った。
やがて千風は、バイト先にそのまま就職した。
教授が残念がっていた。彼女ならもっと色々なことを究められただろうに、と。俺には就職をすすめたのに。
千風の職場は家事代行サービスだったから、男に関わる機会はなく安心した。だが、両親に彼女を紹介するときは、何か言われるのだろうという気はした。
彼らにとって、家のことをするなど卑しいことなのだから。その気持ちはわからなくはない。でも、だからと言って家事ができる女を娶りたいというのでもなかった。
何が違うのかはわからなかった。でも、もう待てなかった。待つつもりもなかった。
ついに卒業まで後少しとなった。
俺は千風を手に入れると決めていた。だから、結婚しようと伝えたのだ。
ところがクリスマスイブの夜、千風の家に着く少し前のこと。
目の前に女が丸まるようにして倒れていた。ピンクブラウンの髪をした小柄な女だ。コスプレ衣装のような白い服を着ており、その横には、黒い猫が血を流して横たわっている。
気味が悪かったが、一応声をかけた。
「大丈夫ですか」
女は頭を押さえながらのろのろと立ち上がる。俺の顔を見て、一瞬頬を染めた。
"ツー・シュタット"
女のくちびるからこぼれたのは、なにか、聞いた事のない言語。
ぱちぱちと瞬きをしたあと、女は「まだ使えるのね」と言い、とろりとした笑みを浮かべた。
珍しい、赤銅色のような瞳だ。
俺はこの手の視線には慣れていたから、千風に電話をかけつつ声をかけてくる女をかわした。彼女は料理中なのだろう。電話には出なかったが、俺は話しているふりをした。
女の姿が消えたのを見て、千風の部屋へと向かった。
ノックをする。おんぼろアパートのインターホンは壊れているからだ。
ドアを開けるとふわりと漂ってくる、シチューの甘い匂い。
「ちかぜ……」
俺は言いかけてぎょっとした。
すぐ後ろに、あの女が立っていたのだ。
可愛らしい部類に入るとは思うのだが、その形相は鬼のようでぎょっとする。
「ずるい。ずるい……何なのよあの女は。地味なくせに」
ぶつぶつと呟くと、女の手が千風のほうへ伸びた。
「──交換してよ!」
その手からぶわりと黒い風のようなものが出てきて、千風の姿が消えた。
そして俺の意識もふっつりと落ちた。
気がつくと俺は、その女と暮らしていた。
家を訪ねてきた千風に暴言を浴びせた。記憶がぐちゃぐちゃになっている。
もう、なにが夢で、なにが現実なのかわからない。




