22.秘密
「わたし、わたしは……」
どう答えようか迷った。だって、こんなこと誰も信じるはずがない──。
「言いたくなかったらいいの。でも、私はどんな話でも信じる」
結花子さんは言った。
彼女もまた泣きそうな顔をしていた。
「わたしは、──怪我をした人を治したことがあります。」
なんとかそれだけ絞り出す。
けれども不思議なことに、ひとこと飛び出すと、するするとあとの言葉が続いていった。
「それはなにかをするというのではなくて、ただ、助けたいって願っただけで。結花子さんに以前助けてもらったときも、同じことを考えました。──あなたが、心静かに眠れるように、と」
結花子さんははっとしたように私を見た。黒目がちの瞳は見開かれており、ふいに潤んで、はたはたと涙が落ちた。彼女は慌てて手の甲で乱暴に涙をぬぐい、鼻を啜った。
「でも、それが赤ちゃんのことにどう関わっているのかはわからない。わたしが何かをしたとかはないんです。
結花子さんの体質を変えた、ならまだしっくりくるけれど……」
私の言葉に、彼女は顎に手をあてて考え込んだ。
「時を戻す」
ややあって、結花子さんは言った。こちらをまっすぐに見つめるその目はまだ赤い。でも、きらきらと光っている。
「怪我を治すんじゃなくて、怪我をする前に戻しているのだとしたら?」
結花子さんは真剣な顔で言った。
「時を、戻す」
私は反芻した。理解が追いつかなかったのだ。
「──私にはわかるの。この子は、あのとき死んでしまった子なんだって。母の直感としか言いようがないし、……へへ、私が言ってることのほうがぶっ飛んでるね! 危ないやつだ」
「そんなこと……」
結花子さんは、ぶんぶんと首を振る。
「私の不注意だったの。妊娠後期。お腹は重たくなってきて、呼吸が浅くてよく眠れなかった。そんな日々が続いていた。旦那はやっぱり月の半分は家にいなくて、はじめての出産で不安で仕方なくて……」
消え入りそうな声で彼女はいう。
「些細なことでイライラしていた。感情のままに急いで歩いていたら、階段から足を踏み外してしまった。そして……」
結花子さんがふたたび涙ぐむ。
「ぜんぶ、──ぜんぶ私のせい。もう苦しくて苦しくて仕方がなかった。だからね、あなたがいなかったら、私、たぶん……」
私たちはどちらからともなくお互いを抱きしめあった。
結花子さんのことに、自分の力が関わっているのかもしれない。それはこれまでにも思い至ったことだった。けれども、時を戻す力。そんなものが私にあるのだとしたら──。
私は知らなかった。結花子さんの部屋へと入っていく私を、昏い目をして見つめている人がいただなんて。




