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19.ゾロ・キャミレイヤの回想(3)

 ツィスカリーゼへの気持ちは初恋だった。


 けれども、仮にその淡い思いが生まれなかったとしても、彼女には尊敬と友愛の気持ちを強く抱いただろう。


 三人での旅路は、ゾロにとってかけがえのないものだった。





 元来の飄々とした性格で、一見危なげなく乗り切っているように見えても、成人前の子どもに過ぎなかったゾロにとって、人生はいつでも薄い氷の板を恐る恐る踏み進むようなものであった。


 人の顔色を読むことを学び、耳ざわりのいい言葉ばかりを覚え、相手の隙を見つけるのが得意になったのは生きるためだ。


 損得勘定でしか考えられない人間関係は、彼自身が命と心を守るために必要不可欠だったのである。




 だからこそ、何も気にせずに言葉を発することができる、たったそれだけでもゾロにとってはものすごく解放感があったのだ。


 ――今にして思うと、どことなく嫌な態度を取ってしまったのは、幼子が愛情を確認する試し行動のようにも思えて、気恥ずかしくなることもある。





 それにしても、三人の中でもっとも年下だったのがレンヴァントであったにも関わらず、一番内面が成熟していたのも彼だったのではとゾロは考えている。


 おとなしい子どもだと思っていたけれど、そうではない。


 機を読むのに長け、自然に相手の懐に入り込む技術を持ち、相手をあなどらせながら自分のペースに持っていく……。さながら老獪な貴族のような。


 ゾロ自身が年を重ねたからこそ、彼が持っていた“技術”に気づいたのである。





 ツィスカリーゼが姿を消してから、レンヴァントも続いて居なくなった。


 その間隔は、そんなに長いものではない。なにせ、彼は結局学園にも通わなかったのだから。




 そして最後に会ったのは間違いなく自分だったとゾロは思っている。


 あの日は、二人で息抜きに街に出たのだ。ツィスカリーゼが空羊に連れ去られたあと、レンヴァントの様子がおかしくなったからだ。


 子どもながら大人びていた旅での姿からは考えられないくらい、彼は不安定になっていた。

 時折ぶつぶつと「――話が違う」と呟いていた。


 そうした様子を知っている城の者たちは、レンヴァントが自ら出奔したのだと皆思っている。


 でも、そうではない。彼は、飲みものを買って戻ってきたゾロの目の前で、すうっと透明になって消えたのだ。


 何の痕跡も残さず、言葉を交わすこともなく。何もかもがわからない。だからこそ、何十年も経った今でも、ゾロの胸にあの光景が焼き付いている。








 噴水の前に腰掛けている孫娘が、誕生日に買ってやった手帳に何やら熱心に書きつけているのが見えた。ふとゾロに気づき、彼女は破顔する。


 年を重ねたせいか、年々鈍くなりつつある感情が、愛おしさに揺さぶられたのだろうか。彼は無意識に口の端を上げていた。


 だが、次の瞬間。ゾロは杖を投げ捨て、駆け出した。


 きょとんとする孫娘のそばには、焦点の合わない目をしたずぶ濡れの女が立っている。そしてその手には、鋭い硝子片のようなものが握られていた。





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