16.二人の食卓
部屋に戻ったのは、すっかり暗くなってからだった。
扉を開けてもしんとしている。ただ、ハーブの良い香りが部屋に満ちており、レンヴァントがキッチンに立っているのだと気がついた。
「レンヴァント……?」
答えはなく、こちらに背を向けたままだ。
慌てて横に回り込むと、いつも柔和な笑みを浮かべている彼には珍しく、どこか拗ねたような表情をして、私のほうを見ないようにしていた。
彼と出会ってからそんな態度を取られたことがなく、嫌われてしまったのだと、胸がつきりと痛んだ。
「ごめんなさい。勝手なことをして、怒っている……?」
「――! それは違います」
レンヴァントはぱっと振り返った。その瞳は不安げに揺れている。
「――あなたは本当に……」
彼はなにかを言いかけたが、そのまま押し黙ってしまった。
それから私たちはどこか気まずい空気のまま、夕食の準備をした。私がテーブルを拭いている間に、彼はつくった料理を盛りつけていく。カトラリーを並べていると、彼は氷の入ったグラスに麦茶を注いだ。
向こうの世界での十カ月。そしてこちらに戻ってきてからの半年。
日々の食事をともにしているうちに、私たちの間には、何も言わなくてもわかりあえるような雰囲気ができあがりつつあった。
「いただきます」
「――いただきます」
その日のメニューは、ミネストローネとサーモンの焼いたものだった。どちらもベランダで育てたハーブを使っているから、口に入れた瞬間、ふわっと風味が抜けていく。
いつもなら、その日あったことや、料理のこと、学んだことなどを話しながら穏やかに進む食卓だが、なんとも切り出し難い感じがあり、私たちはもくもくと料理を口に運んでいた。
けれども、今日聞いた話は、伝えなくては。そう思った。そうして私は、ぽつりぽつりと未菜美ちゃんから聞いた話を彼に伝えた。
はじめはなんとも言えない表情をしていたレンヴァントだったが、話が進むにつれ顔つきが険しくなっていく。途中、顔を青くする場面も見られた。
「――フレージュビリー……」
「そう。聞いたことがない名でしょう? それに、ゾロの名前だって違っていた。ゾロ・ベイレフェルトというのですって」
私の言葉に、彼は考え込む。
「ベイレフェルト商会……」
その後、レンヴァントは心ここにあらずといった感じで、私たちは淡々と夜の後片づけを進めた。いつもは共有スペースであるダイニングに居着くレンヴァントだったが、どうしてだか自室にこもったきり出てこない。
私は嫌な胸騒ぎを覚え、何度もふとんの中をごろごろと動き回り、ようやく眠りに落ちたのは明け方近くになってからだった。




