15.「悪役令嬢」落ち姫
「――落ち姫?」
「はい! さっき少しお話しした災害にも関わっています。災害が起こるとどこからともなく現れる、聖女のような存在です」
それから未菜美ちゃんが語った落ち姫についての話は、私自身が習ったものとほとんど同じだった。
「レンヴァント様たちが子どものころの災害は、その落ち姫によって収束されました。
歴代でももっとも力の強い落ち姫だったそうで、五、六年ほどで済んだそうです」
「六年……?」
「はい。そして、落ち姫は元居た場所へと帰ったはずだったのです。――でも、ある日突然、城下町の噴水に落ちてきた」
それから“落ち姫”はこんなふうに主張するらしい。
「私の生活を返して。それができないなら、責任を取りなさいよ」
召喚した落ち姫を送れるのは、聖獣だけ。けれどもなぜかその聖獣の姿がない。
少しずつ主人公である少女に愛情が芽生えはじめていたレンヴァント王子は、苦渋の決断を迫られることになる。
落ち姫を正妃として迎えるかどうか。
「そんなの、身勝手すぎます……!」
「だが、こちらが身勝手に彼女の生活を奪ったことは間違いないだろう」
そんな会話を重ねる二人。
「でも、年の差だってありすぎるわ。殿下がおかわいそう……」
レンヴァント王子は十八歳。しかし、落ち姫は二十五を過ぎている。
ぽろぽろと涙をこぼすヒロインの頭を撫でようと伸びてくるレンヴァントの腕。
しかしその手が触れるかどうかというところで、レンヴァントは思いとどまったように身を引いた。
その顔は寂しそうで、しかし決意が滲んでいた。
翌朝、王太子レンヴァントと落ち姫フレージュビリーとの婚約が発表されたのである。
「フレージュビリー……?」
「ええ。それが落ち姫の名前です」
「ティスカリーゼではなくて?」
私が聞くと、未菜美ちゃんはきょとんとした顔をする。
「ティスカリーゼ……? そんなキャラクターはモブにもいませんよ」
「モブとは……」
「言うならば、脇役って感じです!」
未菜美ちゃんに聞いて棚を開けると、茶葉の入った袋がどさりと落ちてきた。
「ああ、すみません……。実家から送ってくるんですが、面倒だしこんなに飲めないしで……。よかったらもらってくれると助かります」
「いいの?」
「はい」
「じゃあ、お言葉に甘えていただくけれど……。せっかくだから少し、一緒に飲まない? ……あ、時間は大丈夫?」
「はい! 私は田舎から出てきたんですけど、なんとなく東京に馴染めなくって。
こんなふうに人とお話しするのが久しぶりでとても嬉しいです。ゲームにも興味を持ってくださってありがとうございます」
未菜美ちゃんはにこにこして言った。
就活用のスーツに身を包んだ彼女は、知的で冷静な印象を受けた。でも、ひとたび話してみると、柔らかな雰囲気の優しい人だというのがよくわかる。
それから私は、未菜美ちゃんのデザート用にと作っておいたハニーマリネを取り出した。
キウイやいちごといったフルーツを、食べやすい大きさにカットして、はちみつを入れたもの。
はちみつはそんなにたくさん入れなくても大丈夫。果物から水分が出て、甘いシロップのようになり、しっかり浸ってくれる。
紅茶を入れたら、そこにハニーマリネを加える。これで即席フルーツティーが完成。
「そういえば、ヒロインがハッピーエンドになるゲームではないのね」
私が疑問を口にすると、未菜美ちゃんはしばらくきょとんとしていたが、それから笑い出した。
「さっきのはまだ途中です」
「途中? でも、婚約してしまったと思うのだけれど……」
「そうですね」
私は理解が追いつかずに首をかしげた。
「婚約はうまくいけば、破棄できるから大丈夫です!」
未菜美ちゃんは、笑顔で不誠実なことを言い出した。




