14.魔法の食卓
「贄の王子……」
私は、胸のざわめきを感じずにはいられなかった。あまりにも現実と一致している。――でも、贄の王子はレンヴァントのはずだ。
私が考え込んでいると、ぐう、と音がした。視線を上げると気まずげな顔の未菜美ちゃんと目が合う。
「すみません……。最近ろくなもの食べてなくって」
彼女は顔を真っ赤にして言う。
"ツー・シュタット"
声に出さずに心の中で唱える。
頭の中に、断片的に情報が飛び込んできた。
どうやらこちらに戻ってきてから、魔法の質が変わったらしい。
相手の状態だけがわかるはずだったのに、その状態になった経緯となる出来事や背景まで見えるようになった。
未菜美ちゃんの実家は農家だ。
手作りであることや添加物にこだわる、厳しい父親の元で育ったことを知った。だから、コンビニ弁当や冷凍食品、レトルト食品といった便利な食べものには拒否反応がある――。
勝手に過去をのぞいているようで心苦しいが、今の状態に関連のあるものしか見えないし、おそらく、本人が絶対に知られたくないと思うようなことまではわからないようになっている、と思う。
それに、──結花子さんのことがあったから、なにか力になれたらと思ったのだ。
「あの、もしよかったらなんだけど、なにか作りましょうか?」
「え?」
「――私、仕事は家事代行サービスをしてるんです。お掃除とか、お料理とか。だから、そんなに変なものにはならないと思うので。
かんたんなもので良かったら今作りますよ?」
「――でも……」
未菜美ちゃんは、遠慮がちに視線を彷徨わせた。
「押しかけていろいろお話を聞いてしまったので。
キッチンを人に使われるのに抵抗があるとかじゃなかったら」
ふたたび未菜美ちゃんのお腹が鳴る。
「――じゃあ、お借りしますね」
私がほほえむと、彼女は恥ずかしそうに頷いた。
未菜美ちゃんは几帳面な性格なのだろう。突然訪れた部屋と同じように、冷蔵庫の中はきちんと整理されていた。
気になるのはたくさんの食材が詰まっていること。
生姜やにんにくは、便利なチューブではなく丸ごと野菜の状態で入っている。野菜もひと通り揃っているが、カット済み野菜などはなく、すべて丸のままの形だ。
しかも少し萎びている感じがあった。買ってからしばらく経っているように見える。
魔法で見た彼女の状態には、未菜美ちゃんが料理初心者であること、食材をどう使っていいかわからないことなども描かれていたので納得した。
料理は苦手。でも、買って食べるのも抵抗がある。
とりあえずあるもので、納豆ごはんだけとか、卵かけごはんだけとか、そうしたものを食べているみたいだ。たくさんの罪悪感とともに。
私はまず、冷蔵庫にある食材をすべて食卓に並べた。
それから頭の中でぱっとメニューを組み立てる。優しい味のもの、すべて使い切るもの、日持ちするもの……。
引き続き考えながら、どんどん手を動かす。
まとめて包装を剥がし、まとめて洗い、まとめて切っていく。同時進行で、魚や肉に火を通し、すぐ使える状態にする。
魚介があったのでまずはそこから手を付けた。
フライパンにオリーブ油を熱し、にんにくを入れて香りを出す。
タラの切り身を入れて両面焼き、下処理をしたむきえび、塩抜き済みのアサリ、ミニトマトを加え、白ワインを入れて煮る。味つけをしたら、アクアパッツァ風の完成。
青菜は切ってからレンジで2,3分様子を見ながら火を通す。
「ゆでないんですか……?」
未菜美ちゃんが控えめに尋ねる。
「ゆでてもいいし、レンジでもいいんですよ。
レンジだったらあっという間だし、洗いものも少ないから、私はよくそうしてます」
火が通ったら水に放ち、数種類の味つけをする。
海苔とめんつゆで和えたもの、胡麻とめんつゆで和えたもの、昆布茶で和えたもの。
「すごい……。あっという間に全部料理になっちゃった。魔法みたい……!」
ダイニングテーブルいっぱいに並んだお皿や保存容器を見て、未菜美ちゃんが目をきらきらさせて言う。
ちなみに、先に根菜がたっぷり入ったうどんを出しておいた。
未菜美ちゃんは感極まったような顔をして何度も私にお礼を言うと、あっという間に食べ終えた。
その頃にはご飯が炊けていて、未菜美ちゃんはそれもお代わりした。
それから私も少し作ったものを食べて、――話はふたたびゲームのことに戻っていた。
「そうそう。このゲームには、悪役令嬢もいるんですよー!」
「悪役令嬢?」
「はい。ヒロインと攻略対象の仲を邪魔するライバルキャラのような位置づけの女性です。
それがですね、落ち姫という存在なんですよ」
私は思わず箸を取り落したのだった。




